第6回 上へ、上へ
2つの星
10月下旬、中東ドーハで開かれた国際パラリンピック委員会(IPC)主催の陸上競技世界選手権大会で、高桑早生はみごと銅メダルに輝いた。女子走り幅跳び(T44クラス)で5メートル9センチを跳んだ。自己新記録である。競技後、早生は息を弾ませて語った。「自分の持ち味はスピードなので、そこを全面に生かし、しっかり集中して競技ができ、その結果メダルを獲得できてよかった。今後は走力をいかし、テクニックも身に着けたい。幅跳びをやることで、走りにつながる部分もあるので、今後も二つを並行してやっていけたらと思います」
義足を信じる
今季、早生が力を注いできたのは短距離走2種目である。100mと200m。幅跳びはメインでなくサブと自ら位置づける種目だった。記録が伸びたのは、秋の「踏み切り」特訓の成果である。どうしたら健足でなく義足に全体重を乗せて跳躍できるか、その練習を積んだ。義足の選手にとって、義足はあくまで道具である。血の通う身体の一部ではない。「義足に全体重をかけて足の断端に激痛が来たらどうしよう」「義足のたわみや反発に狂いが生じたらバランスを失わないか」。義足アスリートのだれもが胸に同じ不安を抱える。その不安を克服するため早生は、9月に大阪市であったジャパンパラ陸上競技大会以後、踏み切りに焦点をしぼった特訓をした。義足を信じ、義足を操る自分を信じ、恐怖心をおさえる。そのトレーニングを何百回と重ねた。かいあって、早生は日本人選手団第1号となるメダルを開幕初日に獲得した。
世界との差
今回、早生にとって幅跳び以外の2種目の戦績はまったく納得できるものではなかった。100m 13秒98
200m 29秒10
両種目とも予選で敗退した。コーチの高野大樹は、世界の一流アスリートたちとの実力差をこう話す。「パラリンピックや世界選手権でメダル争いに加わるには、100mなら13秒3台を出さなくてはいけません。200mなら26秒台が必須です。幅跳びだって、平均で5m30台を跳べないとメダルには届かない。ドーハの結果を見て、現実のきびしさがコーチである私にもよくわかりました」高野は今後の課題を次々に挙げる。体力面では、腹筋群や股関節群を強化し、筋出力を向上させたい。技術面では、脚のスィング速度を高め、加速技術を身に着けたい。早生が世界に挑むためには、レース本番で出しうる「マックススピード」(最高速度)をもう1段階引きあげねばならない。
まっすぐな夢
早生が義足で歩き始め、義足で駆け出すようになって今年でちょうど10年になる。来年8月のリオ五輪パラリンピックを早生は24歳で迎える。東京五輪パラリンピックの開かれる2020年には28歳である。「相棒」「パートナー」と呼ぶこの大切な義足といっしょにリオと東京の両大会に出場したい。出場したら積極的にメダル争いに加わりたい。短距離でも幅跳びでもメダルレースにからんで行きたい──。どこまでもまっすぐな夢を早生はまっすぐな言葉で語った。
特別編集委員 山中トシヒロ
- 【構成】いりおの あつひこ
- 【撮影】たけや としゆき、やすとみ よしひろ
- 【デザイン】よねざわ あきのり
- 【CG】しらい まさゆき
- 【制作】さとう よしはる
- 【ディレクション】きむら まどか