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移動編集局 徳島市 津田を継ぐ
盆踊り(下)
伝統の調べ 次世代へ   2011/9/10 10:59
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盆踊り(下) 津田コミュニティ協議会の島田和男会長(70)=徳島市津田本町=は「蒸し暑い日だったな」と記憶を思い起こし、目をつむった。1997年6月、86年に「津田の盆(ぼに)踊り保存会」を立ち上げた磯部庄次郎会長(当時)が、自宅近くのバス停から帰宅途中に倒れた。

 島田さんは磯部さんの義弟。連絡を受けた島田さんはすぐに駆けつけた。磯部さんは、救急車で市内の病院に運ばれたが意識はなく、以来、病床に伏す。

 保存会は事実上の会長不在となり、磯部さんの意識が戻らないまま、時が過ぎる。会員の減少なども重なり、古い会員は「一番苦しい時期だった」と漏らす。それでも踊りの練習は欠かさなかった。会員の小川満智子さん(79)=津田本町=は「津田から伝統的なものが次々に消える中、せっかく復活させた盆踊りは決して絶やしてはならないという思いは、持っていた」と言い切る。

 後任会長に平島博さん(60)=津田町=が就任したのは、2000年4月。磯部さんが倒れて3年近くが過ぎていた。

 それから2年後、うれしいニュースが飛び込んだ。「津田の盆踊り」が県無形民俗文化財に指定されたのだ。ただ、「一番喜んだはず」と、誰もが言う磯部さんは、1年前に亡くなっていた。

 磯部さんは生前、会員たちによく言っていたという。「津田の盆踊りは絶対、将来、大きな評価を受ける。陽(ひ)が当たる時が来る」。津田の盆踊りに対する誇りと信念があったのだろう。

 今でこそ知名度の高い「津田の盆踊り」だが、保存会結成当時は全くの無名。出演依頼などはなく、磯部さんは各地のイベント先に出向き、出演させてくれるよう頼み回った。「いろんなところに行きました。とにかく多くの人に知ってほしかったんでしょうね」と小川さんは、振り返る。

 保存会が1993年に発行した冊子「魂(たま)よび」で、磯部さんは、結成した思いをこう記している。「今、歴史と豊かな風土に恵まれた津田から、ひとつ、またひとつ古い姿が消えていくのが偲(しの)びがたく、“津田人”がやらねば誰が残すのかと発心した。(略)次代へ伝承されんことを願って止まない」

 しかし、課題はある。現在の会員は約30人。子育てなどが一段落した人が多く、1人を除いては50代以上。「あと10人はほしい」と平島会長は言うが、思うように増えないのが実情だ。

 そんな中、今夏、新たな試みも始まった。公民館が「鳴り物教室」を始め、会員が指導に当たっている。受講生は募集に応じた津田小学校の児童8人。7月に開講し、来年2月まで続ける。

 保存会副会長で笛を担当する圓藤正徳さん(70)=津田町=は、16歳の時に聞いた笛の音色にあこがれ、半世紀以上にわたって有名連などで活躍してきた。保存会に入ったのは10年ほど前。「子どもたちに教えることができ、うれしいですね。笛をもっともっと好きになってほしい」と言う。受講生の中川未菜さん(12)=津田小6年=も「一生懸命練習して、伝統を受け継ぐことができたらいいなあと思う」と応える。

 三味線を教える松下敏之さん(38)=津田町=は、会員の中で最年少。小さいときから邦楽に興味があり、同じ三味線教室に通う女性から保存会への入会を勧められた。松下さんは「保存会の存在は知っていたが、これだけ儀式を重んじ、連綿と受け継がれていることに感動した。若い人は華やかな街の阿波踊りに魅力を感じるかもしれないが、次世代に引き継いでいきたい」。

 保存会が結成されて四半世紀。復活後の歩みは、次世代への継承に向けた挑戦でもある。
【写真説明】踊りの継承を目指す鳴り物教室=津田コミュニティセンター