「ラジオで楽しむ"男はつらいよ"の世界『みんなの寅さん』」
主題歌第4作『新・男はつらいよ』ヴァージョン(4/23のみ)
◆ タイトルコール「寅さん名場面!」
寅さん名場面!第4作『新・男はつらいよ』春子先生と寅さん
寅「へぇ、こらぁ驚き桃ノ木山椒の木、ブリキにタヌキに蓄音機だよ。ね、おいちゃん、春子先生から下宿代をお取りかい? 」
竜造「そら、あたりめえよ」
春子「あの、とっても安くしてくださってるのよ」
寅「そうですか、先生、黙っていてください。よくもあんな部屋で下宿代が取れるねぇ。そりゃ常識外れているよ。それとも、そんな阿漕な人間だったかね、おいちゃんは」
竜造「阿漕? そういうわけじゃねえよ」
寅「いいかい? あんな薄きたねえ、物置みたいな部屋、俺だから我慢してロハで住んでやったんだよ。こうやってお他人様の春子先生がお住みになるというんだから、どうもありがとうございますと、おじちゃんの方で、お金を差し上げるというのが常識あるやり方じゃねえのかい?」
娯楽映画研究家・佐藤利明です。「みんなの寅さん」今週も始まりました。
本日の"寅さん名場面"は、第4作『新・男はつらいよ』です。御前様が園長を勤める、ルンビニー幼稚園の宇佐美春子先生(栗原小巻さん)が、二階に下宿をしていて、寅さんには夢のような日々です。寅さんにしてみれば、それで十分なのに、おいちゃんが下宿代を取っていると知っての「ブリキにタヌキに蓄音機」です。寅さんのロジックもむちゃくちゃですが、恋をする男の論理の飛躍と、つい笑ってしまいます。この第4作、テレビ版を手がけていたフジテレビの小林俊一さんが監督をしているだけに、テレビ版の雰囲気を味わうことができます。
それでは「みんなの寅さん」すすめてまいりましょう!」
◆ タイトルコール「寅さん四方山話」
「男はつらいよ」シリーズの名場面とともに、寅さん博士の佐藤利明さんの、寅さんトリビア、名づけて「寅ビア」をお送りします。
「男はつらいよ」は、放浪者である寅さんと、柴又に住む・定住者のさくらの「あにいもうと」の物語です。旅先で妹を思う寅さん、柴又で旅先の寅さんを案じるさくら。二人の細やかな感情の機微が、このシリーズを豊かなものにしてくれています。というわけで、今日は「あにいもうと」をテーマに、お話してまいります。
第5作『望郷篇』は、テレビ版でさくらを演じた長山藍子さんがマドンナ節子を演じています。倍賞千恵子さんと長山藍子さん、二人のさくらが共演した作品でもあります。この時、寅さんは「額に汗して油まみれになって働こう」と決意をするのですが、実は、映画の前半で、さくらのこの一言が、きっかけの一つになっているのです。
あにいもうと その1 第5作『望郷篇』さくらの説教
さくら「額に汗して油まみれになって働く人と、いい格好してブラブラしている人と、どっちが偉いと思うの? お兄ちゃん、そんなことがわかんないほど、頭が悪いの? 地道に働くってことは、尊いことなのよ。お兄ちゃん、自分の年のこと考えたことある? あと5年か10年たってきっと後悔するわよ。そのときになってからでは取り返しがつかないのよ! あー、ばかだと思ってももう遅いのよ!」
寅さんは、かつて世話になった北海道の政吉親分危篤の知らせを聞いて、舎弟・登と一緒に北海道へ行こうとしますが、先立つものはお金です。さくらに借りに行くのですが、その時、涙ながらに言う、この言葉、実の妹なればこそ、と思います。
さくらは、いつも「お兄ちゃんのこと」を考えています。早く生業について欲しいとか、お嫁さんをもらって身を固めて欲しいと願っているのです。第6作『純情篇』で惚れっぽいとはいえ、若尾文子さん演じる人妻の夕子に恋をした寅さんに、「夕子さんはお兄ちゃんと関係ない人よ」と涙ながらに言います。その時、寅さんはこんな風に答えます。
あにいもうと その2 第6作『純情篇』頭と気持ちの問題
寅「いや、頭の方じゃ分かってるけどね、気持ちの方じゃ、そうついてきてくれねえんだよ。ねっ! だからこれはオレのせいじゃないよ」
さくら「だって、その気持ちだってお兄ちゃんのものでしょ?」
寅「いや、そこが違うんだよ。早い話がだよ、オレはもう二度と柴又に戻ってこないと、そう思ってもだよね。でも、気持ちのほうじゃ、そう考えてくれねえんだよ。あっ、と思うと、またオレここに戻って来ちゃうんだよ。」
夕子に恋してはいけないと頭ではわかっていても、好きだなぁという気持ちはそうはいかない。このセリフは、人間の本質を見つめてきた山田洋次監督の真骨頂です。寅さんの愚かさに呆れ、情けないと思いながらも、兄のことを第一に考えてしまう妹・さくらだからこそ、素直に本音を漏らす寅さん。神妙な顔の寅さんと、情けなくて泣いていたさくらが最後はニッコリと微笑みを交わします。「わかっちゃいるけど、やめられない」のが人間でもあるのです。
第11作『寅次郎忘れな草』で、果たして寅さんは中流階級か? という談義を、家族でするシーンがあります。きっかけは、おばちゃんは中流階級だから、放浪の歌手・リリーの苦労はわからないという話で、それがエスカレート。タコ社長は経営者だから上流階級。では、寅さんは? という話になった時に、さくらがこんなことを言います。
あにいもうと その3 第11作『寅次郎忘れな草』中流階級談義
さくら「お兄ちゃんはさ、カラーテレビもステレオも持ってないけど、その代わり、誰にも無いすばらしいもの持ってるもんね?」
寅「なんだよ、え?あっ!お前俺のカバン調べたろ!」
さくら「違うわよ。形のあるものじゃないのよ。」
寅「なんだよ?屁みたいなものか?」
さくら「ちがうわよ。つまり...、愛よ。人を愛する気持ち」
社長「そ!それはいっぱい持ってる!」
恋多き男・寅さんを「ばかだねえ」とおいちゃんのように笑うのは簡単ですが、寅さんの「人を愛する気持ち」は「誰にもない素晴らしいもの」だというさくらの優しい眼差し。これには誰もが納得します。第11作『寅次郎忘れな草』で、リリーに恋をして、その孤独を共に分かち合うことが出来る寅さんこそ、上流階級なのかもしれません。
しかし、その恋が成就しないのも、いつものことです。『寅次郎忘れな草』のラスト、さくらは上野駅の地下食堂まで寅さんのカバンを持ってきます。もしもリリーが訪ねてきたら、俺のいた部屋に下宿させてやってくれよ」と本音を漏らします。寅さん、優しいんです。そのあとの、あにいもうとの会話です。
あにいもうと 第11作『寅次郎忘れな草』上野駅のあにいもうと
寅「チビによ、飴玉のひとつも...。500円か。切符買ったからなくなっちゃったよ」
寅「え?何?」
さくら「お金もう少し持ってくればよかったね...」
さくらは、財布の中から折りたたんだ、お札を丁寧に一枚一枚広げて、寅さんの紙入れに入れます。「お金、もう少し持ってくれば良かったね」と涙ぐむさくら。この千円札と五千円札は、博が額に汗して、油まみれになって働いた労働の結晶です。妹のお兄ちゃんへの気持ちにあふれた名場面です。倍賞千恵子さんは、このシーンが一番好きだと話してくれました。
◆ エンディング
次回、「みんなの寅さん」は、第5作『男はつらいよ 望郷篇』の名場面と「寅次郎音楽旅・寅さんのテーマ」をお送りします。お楽しみに!