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ブレイクスルー
File.31 あなたの記憶に生きたい ―ディジュリドゥ奏者・GOMA―

この放送回の番組まるごとテキストを掲載しています

  • 2015年5月18日(月曜)再放送2015年5月25日(月曜)

出演者
風間 俊介さん(俳優)
GOMAさん(ディジュリドゥ奏者・画家)
茂木 健一郎さん(脳科学者)
オープニング・エンディング音楽:若旦那さん(歌手)

ブレイクスルー  File.31 あなたの記憶に生きたい ―ディジュリドゥ奏者・GOMA― の番組概要を見る

ディジュリドゥ奏者・GOMA

(VTR)

オーストラリア先住民族の管楽器、ディジュリドゥの奏者、GOMA(ゴマ)さん。
体の芯まで揺さぶられるような独特の音色。観客を熱狂させるパフォーマンス。日本を代表するアーティストです。
ステージで圧倒的な存在感を放つGOMAさん。

GOMA:最高!

GOMAさんは、ある障害と闘っています。
5年半前、突然の事故でおった高次脳機能障害。
過去10年ほどの記憶を失いました。
新たに記憶することも、難しくなりました。

GOMA:誰だったかな。
あかん、全然わからんわ、これ。

この先、どう生きればいいのか、葛藤する日々。
その中で、ある一つの希望を見いだしました。
「例え覚えていなくても、自分にしか伝えられないことがある。」

GOMA:自分の記憶に残らない部分もみんなの記憶には残ってくれるから。
それが、やっぱ、自分が生きた証しになるっていう。

今日も、あなたの記憶の中で生きるために。GOMAさんのブレイクスルーに迫ります。

試行錯誤しながらの日々

(VTR)

東京都内の閑静な住宅街。
GOMAさんの自宅を訪ねました。
ディジュリドゥは、オーストラリアの先住民族“アボリジニ”の間に古くから伝わる管楽器です。
鼻から息を吸うと同時に口から息を吐き、途切れることなく音を出し続ける“循環呼吸”で演奏します。
GOMAさんは、プロとして20年近く活躍してきました。

GOMA:なんか今日は、イマイチまわらない。
なんか今日はうまいこと脳がまわってくれない。うーん。

脳の損傷によって様々な症状が現れる高次脳機能障害。
GOMAさんを悩ませていることのひとつが、記憶の障害です。

GOMA:はあ。そうだ・・・。
何するんだったっけ?

取材者:練習します?

GOMA:練習か。

取材者:やめときます?

GOMA:うん。

この日GOMAさんは、出版社との打ち合わせのため、妻の純恵(すみえ)さんと待ち合わせをしていました。

純恵:電車を乗り間違えたみたいで、今赤坂まで行っちゃったみたいで。とりあえず先に、出版社に向かいます。

忘れ物をして家に戻ったことで混乱し、電車を乗り間違えてしまったようです。

純恵:うーん、多分またやっちゃったって、しょんぼりしてるんじゃないかなあ。
すいません。やっちまったみたいです。ちょっと。

出版社社員:向かってる途中なんですよね。

純恵:きてるはずだとは思うんですけど。

出版社社員:わかりました。じゃあお待ちしましょう。

純恵:すいません。

20分後、ようやく到着したと連絡が入りました。

純恵:大丈夫かな。

GOMA:すいません。

純恵:大丈夫。

GOMA:ああもう、さんざんな目にあった。

純恵:がっかりした?

GOMA:え?

純恵:がっかりした?

GOMA:がっかりした。だって、新宿つかへんなと思ったらもう、気がついたら赤坂いた。違う電車に乗ってた。あー。

障害のため、同時に複数の物事をこなすことができません。
一つのことに気を取られると、他のことが手につかなくなります。
自宅に戻ったGOMAさん。
毎日必ずその日の出来事を日記に綴ります。
その日会った人も、話した内容もすぐ忘れてしまうため、この記録が欠かせません。

GOMA:記録しとかないともう、どんどん消えていくから。
時間の空白って、すごい気がついたら怖くなるから。
それを埋めるために、やっぱり常に記録したりなんか残す作業がすごい意識してやってるかも。
僕の記録は記憶だから。
そこを、単純に記録ってもう思ってないのかもしれない。

人生を変えた、あの日の事故

(VTR)

GOMA:どっち側食べる?そっち食べる?

娘:少ない方。じゃあこっち食べる。少ないから。

大切な家族との時間も記憶に留められない毎日。
人生が大きく変わったのは、5年半前のことです。
海外でのライブを成功させるなど、勢いにのっていた2009年11月。
高速道路で、後続車に追突されたのです。
意識を失い、救急搬送されたGOMAさん。
幸い、その日のうちに意識を取り戻し自宅に戻りましたが、その後、次々と異変が起きます。
「駅で知り合いらしき人に、声かけられるが誰かわからず、その場を立ち去ってしまった。」
「年末に家の近所で迷子になってから外を出歩くのが少し恐い。」
「全く覚えてない。俺の頭はどうなってんだ。」
再検査の結果、高次脳機能障害と診断されました。
脳の一部が損傷することで、記憶力が低下したり、注意力が散漫になったり、感情の抑制がきかなくなるなどの症状が出る障害です。
GOMAさんは、過去10年間の記憶の多くを失いました。
自分がディジュリドゥ奏者であったことさえ、一時は、忘れていたと言います。

GOMA:どういう演奏して、どんな盛り上がりで、とかがあんまりイメージができへん。

そして、最も大切な記憶も。

GOMA:立ち会ったって聞いてるけど、その感覚が、自分の中にもう、全然ないんですよ。
だからどうやって育ってきたかっていう、過程がやっぱりあんまりよくわからないから。写真とか見ても。
子どもの成長が、自分で追えないのが正直それが一番寂しいよね。

一日、一日積み重ねてきた、かけがえのない時間を失ったGOMAさん。
ディジュリドゥ奏者としての活動も休止します。
自分だけ取り残されていくような孤独感。
人と会うことを避け、家にこもるようになりました。

絵が希望のヒカリをくれた

(VTR)

その頃からGOMAさんは、あることに没頭するようになります。
それは、絵を描くこと。
一度始めると時間を忘れ、気がつけば一日が終わっていることも。

取材者:え?

GOMA:いらっしゃってたの忘れてました。皆さんが。もう、どれぐらい時間経ちました?

取材者:多分、2時間。

GOMA:2時間か。

絵筆を握ったこともないGOMAさんが、突然描き始めた、精密な点描画。
描かずにはいられない衝動にかられるといいます。

GOMA:何でこんな絵描いてるんだろう?とか思う。
けど、こういう色の世界とかも、描いてたらすごい気持ちいいんですよね。
もう描かないと、とにかくもう、脳の中が混線してくるから。すごい助けられてる。

GOMAさんが描いているのは、突然脳裏に浮かんでくる光や自然のイメージ。
それをそのまま、絵に写しているといいます。
次々と浮かぶイメージを描(えが)き続け、生まれた作品は400点以上になりました。

なぜ、絵を描くのだろう?

(VTR)

なぜ自分は、絵を描きたいという衝動に襲われるのか。

茂木:こんにちは。

GOMA:こんにちは。

GOMAさんは、脳科学者の茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)さんに話を聞くことにしました。

茂木:うわー、すごい。うわぁ、すーごいな、これは。ものすごい、なんか、エネルギー感じますね。

GOMA:ああ。これが、これ、事故の、ちょうど意識がなかったときに、意識戻ってそのときに見てたっていうか。こう、脳に残ってる影像を描いたみたいなんです。もう、どうやって描いたかとか全然、こういう初期のやつは覚えてないんですけど。
で、最近だんだん、そういう色の感覚が自分の中で強くなってきまして。

茂木:実はですね。

GOMA:はい。

茂木:事故や病気をきっかけに、絵の才能が目覚めるっていうケースは知られてるんです。

GOMA:そうなんですか。

茂木:はい。それどういうふうに考えられているかっていうと、もともとGOMAさんの脳の中に、こういう色とかかたちとか、光に対して感じる回路があったんですね。

GOMA:うーん。

茂木:でも、脳がそれを抑えてたと考えられてるんです。

GOMA:はいはい。

茂木:で、事故をきっかけに、脳の、その回路のバランスが変わりますよね。

GOMA:うんうんうん。

茂木:今まで抑えられていたものが目覚めてくる。

GOMA:はい。

茂木:ですから、事故とか病気になることは不幸なことなんですけど、大変なことなんですけど、でも、それをきっかけに、脳っていうのはすごい生命力があって、かえって、ある才能がね、遠慮なく出てくるってことがあるんですね。

GOMA:おーっ。

茂木:逆に言うと普通の人の脳は、ものすごく遠慮してるっていうか、抑えてるんですよ、いろんなことを。我々生きてる中で。

GOMA:はい、はい。

茂木:だからね、GOMAさんの脳の中にずっとあったものです。それ。

GOMA:ふーん。

茂木:事故の前から。

GOMA:そうか。

茂木:遠慮しなくていいですよ、だからその。
なんで、あの、高次脳機能障害の方、にもすごく勇気を与えると思うし。
GOMAさん、すばらしいじゃないですか。

GOMA:あぁあぁ、なんかちょっと感動してしまった。

茂木:いや、GOMAさんのおかげで、だって、そういう方が勇気もらえてますもん。

自分の内側からわき上がってくる、表現したいという衝動。
事故から数ヶ月後、GOMAさんは再び、ディジュリドゥを手に取ります。
そして1年半後、再び、ステージに立ったのです。

新たな可能性を信じて

(VTR)

GOMAさんは今、新たな挑戦を始めています。

GOMA:おはよう。

メンバー:よろしくおねがいします。

ライブで、新曲に挑むというのです。
新しいことを記憶するのが難しいGOMAさん。
体に染みついているなじみの曲ではなく、新曲を覚えるのは大きな挑戦。

GOMA:事故後の、5年間は、ひとつの、流れの構成を覚えて、それをずーっと、まわしてやってきたの。
けど、そろそろなんか新しい、何かを作っていかないとダメだなっていうのを、ずっと感じてたから。で、まずそれの、ちょっとチャレンジ。

メンバー:泡盛とジャジーハットが、テンポが違うのよ。

GOMA:だからそれをどっちかを遅くするかどっちかを速くするか。

メンバー:その曲のベストテンポに動くぐらいのがいいのかもしれないけど。

GOMA:ちゃんと、つながればいけそうな気がする。

メンバー:うん。

記憶力のハンデを乗り越える方法は、繰り返し練習をして体にたたき込むことしかありません。

GOMA:もう一回やってみてもいい?

メンバー:はい。

GOMA:もう、パーツが、もうばらばらでいっぱいあるの。だから、それがたぶん、つながってこないから。この記憶の中で。
ただ、それを曲として成り立たせるのは、その流れ、構成をきっちり覚えていかないとだめだから。
それが、時間かかっちゃう。
ここがまだ、体に入りきってない。

メンバー:あ、GOMAちゃん4いって、5に入ろうとしても。

GOMA:としてももう。

メンバー:行っちゃえばいいんだね。

GOMA:もう、入ってきてくれたら。

メンバー:うんうん、OK、OK。

GOMA:したら助かる。

メンバー:行っちゃえばいいんだ。

GOMA:うん。

ライブ当日。
本番を前に、リハーサルが行われました。
新曲を演奏した直後、異変が起きました。

スタッフ:出し切った?

メンバー:うん。

スタッフ:かなりな集中力を、一気に使いすぎて。

メンバー:いや、すごかったもん、今の。
休み、休みましょうよ。
いや、すごいわ。

GOMAさんが椅子に座ったまま、意識を失ってしまったのです。

純恵:お昼食べてないんかな。

メンバー:多分今ね、新曲が相当エネルギー使う曲だから。

純恵:そうかそうか。

メンバー:うん。お昼食べてた。お弁当は食べてた。

純恵:あ、本当?

メンバー:GOMAちゃんチョコ食べる?

高次脳機能障害の影響で、極度に緊張や集中をすると、意識を失うことがあるのです。

メンバー:今のはさ、新曲は、集中しすぎたよ。

GOMA:もうライブは?終わったん?

メンバー:終わってない終わってない終わってない。リハリハリハ。リハ終わった。

GOMA:あっ。

メンバー:一回楽屋戻ろうか。あれだったらね。
うん。休憩しましょう。

それでも、挑戦する理由があります。

GOMA:絶対に希望が見えてくる。
人の記憶を借りながら生きていくしかないから。で、それが、やっぱ自分が、そこの時間の空白がもしまた、出来たとしても、そこの空白を埋めてくれる。
記憶には絶対、残ると思うから。だから自分の記憶に残らんくても、人の記憶に残るような生き方をやっぱりしないと。
それだけは、自分の中で決めた。

会場に詰めかけた400人のファンが開演を待ちます。

(演奏する音)

GOMA:ちょっと事故の後、なかなか記憶が出来なくて。で、新しい曲とか作ったりするのをほぼ、諦めてたんですけど。
新曲用意してきました。

(歓声)

GOMA:緊張しますね。

(笑)

GOMA:ハードルあげちゃったね。

(笑)

(演奏)

GOMA:できました。

観客:イエーイ!

GOMA:脳の、壊れた細胞は一回つぶれたら、あともう、元に戻らないって、少し前まで言われてたんですけど。僕は、何か、絶対そうじゃないって、信じて、ずっと、まあこの5年間本当、リハビリ続けて、生きてきて。で、やっぱ、そういうことを、どうしても何か、ちゃんとしたかたちで証明したくって、で、その瞬間がきました。

観客:本当、ありがとうございます。

GOMA:まだまだ、ちょっと、ね、
色々、分からないこととか、できないこととかもまだたくさんあるんですけど、また、ちょっと新しい感覚が、自分の中で芽生えてきてるのを、最近すごい感じてて。
うん。なんとか、生きて行けそうです。

(歓声)

GOMAさんの挑戦。
たくさんの人の記憶に刻まれました。

自身の経験を役立てたい

(VTR)

GOMA:おはようございます。

GOMAさんは今、自分の経験を伝える活動に力をいれている。
この日は主演した映画の上映会。
再起までの記録をまとめたドキュメンタリー映画。
講演会では同じような障害のある人たちから質問が相次いだ。

男性:おたくと一緒で、二度目の人生を今やってるんですよ。
まだ、やり残したことがあるんじゃないかって、自分に言い聞かして、ピアノに夢中に、はまってるんですよ。

GOMA:おお、すばらしい。

男性:今日の映画を、見せてもらって、あの、第2の人生に、あの、役立たせてもらいたい。

GOMA:もう絶対に、はい。

男性:と思いますので、お互いに、頑張りましょう。

GOMA:はい、ありがとうございます。

男性:ありがとうございました。

GOMA:僕も、事故なり病気なりになっても、そうやって戻ってきたっていうことは、なんかまだやっぱり、この社会に対してやり残してることとか、なんか、あって、うん。
またここで、呼吸して生きてると思うんですよね。

障害とともに生きる人たちの道しるべになりたい。

女性:すいません、話ができないもんですから。

GOMA:うん。OK、ありがとうね。

女性:よかったね。

GOMA:こうやって回るたんびに、すごい良いリアクションをもらって自分もすごい元気になるから。
こうやってまた動けるようになってきて。うん。夢膨らみますね。うん。

今を大切に生きれば、誰かを幸せにできる。


【対談】ディジュリドゥ奏者・GOMAさん(高次脳機能障害)×脳科学者・茂木健一郎さん(前編)


【対談】ディジュリドゥ奏者・GOMAさん(高次脳機能障害)×脳科学者・茂木健一郎さん(後編)

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