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    細部に宿るもの…芥川賞作家 師弟対談

     芥川賞に決まった「コンビニ人間」(文芸春秋刊)が35万部を突破した作家、村田沙耶香さん(37)は、横浜文学学校の講師で芥川賞作家の宮原昭夫さん(84)に大学時代から創作を学んできた。出会いの印象や小説の面白さを語る師弟対談は盛り上がり、最後は祝杯を交わした。

    宮原昭夫さん…小鳥みたいに可憐で僕の孝行娘

     宮原 受賞が決まってから会うのは初めてですね。改めて、おめでとう。

     村田 ありがとうございます。

     宮原 僕の芥川賞は4回目の候補のときで、ダメだと思っていたからヨーロッパに新婚旅行に行く予定をたてていた。それが受賞し、旅行を途中で打ち切って贈呈式に出て、女房は怒っちゃった。そんな思い出があるから大変だろうと思うけれど。

     村田 受賞エッセーや取材も多く、一度風邪をひきましたが、もう元気です。

     ――コンビニの仕事は?

     村田 8月いっぱいはお休みして、9月からの勤務は店長さんに相談します。

     宮原 無理じゃないのかな。

     村田 でも、バイトした方が書く時間に制約があり、小説が進むんです。

    • みやはら・あきお 1932年神奈川県生まれ。早稲田大卒。1966年、「石のニンフ達」で文学界新人賞。72年「誰かが触った」で第67回芥川賞
      みやはら・あきお 1932年神奈川県生まれ。早稲田大卒。1966年、「石のニンフ達」で文学界新人賞。72年「誰かが触った」で第67回芥川賞

     宮原 それにしても、かねがね村田さんのコンビニ生活を聞きたいと思っていたら、「コンビニ人間」が出て、沙耶香さんの未知の部分が明るみに出たね。デビュー時から外界と内面の葛藤がテーマになっていたけれど、世界に適応できない自分という『しろいろの街の、その骨の体温の』(三島由紀夫賞受賞)に代表される構図が次第に変わり、『殺人出産』などでは主人公が新しい壁になって、ふるい外界をはね返すようになっていく。受賞作では、コンビニに適応しようとする人工知能的な主人公が学習し、“コンビニロボット”として完成していくさまが描かれ、面白かった。

     もちろん、沙耶香さんと主人公の古倉さん(36歳、独身、恋愛経験なし。マニュアル仕事をこなし、社会の部品となることに生きがいを感じる)とは違うけど、小説のように就職や結婚への圧力はありますか?

     村田 あまりないです。小説を書いていなかったら感じたかもしれませんね。よく、体験を書いた私小説的なものですか、と聞かれるんですが……。

     宮原 全然違いますね。それこそ最初に会ったときから、小鳥のようにおとなしく、可憐かれんなイメージのままですから。でも、小説家の村田沙耶香はすごく意地が悪い(笑)。そのギャップがユニークだね。

     村田 先生から「作家は小説の奴隷である」、どこに行くのかわかるのが読み物ならば、どこに行くのかわからないのが文学、と教えられたから、書くときは自由に意地悪にもなれるのかもしれないです。

    村田沙耶香さん…人見知りする私がすぐ心開けた

    • むらた・さやか 1979年千葉県出身。玉川大卒。2003年「授乳」で群像新人文学賞優秀作。初ノミネートの「コンビニ人間」で第155回芥川賞
      むらた・さやか 1979年千葉県出身。玉川大卒。2003年「授乳」で群像新人文学賞優秀作。初ノミネートの「コンビニ人間」で第155回芥川賞

     ――いつ、なぜ、横浜文学学校に入ったのですか?

     村田 コンビニでバイトを始めた後の大学2年生ぐらいでした。小、中学校時代から読書も書くことも好きでしたが、本格的に読むようになってから「理想の文学」に縛られて書けない時期が続いていた。そんなとき、先生の『作家が明かす小説作法 書く人はここでつまずく!』(河出書房新社、品切れ)を読み、感銘したんです。「シーンから書け」「無声映画のつもりで書きなさい」など具体的で、小説を大切にしている内容でした。

     宮原 「無声映画」は、黒沢明監督の言葉で、会話に寄りかかってドラマを組み立てない、ということですね。

     村田 「フィクションの神は細部で罰したまう」という文章も印象的で、「細部」を大切にしない安易なフィクションはダメ、とあった。書いた方に学べたらと、著者略歴を見たら横浜文学学校講師とあった。私は歯医者を予約するにも緊張する人間ですが、勇気を出して電話しました。

     お会いした瞬間、柔らかく、言葉も丁寧で、人見知りする私がすぐに心を開きました。

     宮原 僕は、東京からわざわざ横浜まで、しかも、小鳥みたいな人が来たから、壊してしまうんじゃないかと心配で……。

     村田 学校後の飲み会で、しゅうとめとのいざこざを生徒が話していると、それを書けばいい、とおっしゃったことも覚えています。それまで文学は高尚で、高い場所で書かなければならないと考えていたけれど、先生の話を聞いて、文学は、もっと人間らしくていいんだ、と思い、書くことが楽になりました。

     宮原 僕自身は同人誌に属し、先生は小山清さんでした。

     ――太宰治の高弟ですね。

     宮原 小山さんは僕が文学界新人賞をもらう前年に亡くなったので、僕は親孝行ができなかった。知り合いが村田さんは孝行娘だと言ってくれました。

     村田 めっそうもない。入学したら名刺代わりに早く小説を出しなさい、へたっぴでもいい、肩ひじ張らず書きなさい、と言われたことにも救われました。

     宮原 早く出さないと「便秘」になるからね。

     村田 名刺作品は、「妖精の唇」という、親友のことが恋愛的に好きな女子大生の話で、次がデビュー作「授乳」でした。

     ――「名刺」の評価は?

     村田 嫌い、好きの評価が分かれたんですが、先生は意見が分かれ、議論が活発になるぐらいがいいと、慰めてくださった。デビュー後、批評でたたかれても、先生の言葉を思い出すと、前向きになれます。

     宮原 変わりませんね。これまでも新人賞をとる生徒はいましたが、彼らは受賞すると卒業する。それが村田さんは、ずっと留年して(笑)、来てくれるし、年少なので、花見のときにウェートレスまでやってもらった。でも、作家としてはゾンビ的作品も書き、受賞作では、コンビニの細部をうまくつかみ、細部に真実が宿った。

     村田 先ほど先生が、「コンビニ人間」の主人公を“コンビニロボット”とおっしゃいましたが、主人公を合理的なことにこだわる人にしたのには理由があります。それは、以前、テレビやラジオの自分を見たとき、生身の自分とは乖離かいりした架空の自分が着ぐるみを着ているような、変な感じがしたんです。

     ――コンビニで勤務中、いきなり抱きつかれても、相手に聞いてみないとセクハラか分からないから気がつかないふりをした、という逸話などを流す番組も、この4月に見ました。

     村田 はい。それで、そんなキャラクター化された架空の私を変な人だなあと感じ、彼女の中身を作ってみて、デフォルメして合理化して、書きました。

     宮原 架空の村田沙耶香を作り、それを楽しむなんて、面白いね。これからもホームランでも、ファウルでも何でもいいですから来た球を打ってください。トークの才能もあるしね。

     村田 ほんとう、先生に会えて良かった。

     (司会・編集委員 鵜飼哲夫)

    横浜文学学校
     前身は、1975年に新日本文学会が主催した横浜文学学校で、85年に廃校になった際、在校生が自主講座として再スタート。講師に宮原昭夫さんらを迎えた。現在、会員は20人弱で、機関誌「JUST」を刊行している。

    2016年08月31日 05時25分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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