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記事 165件
  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第18回「アートによって地方のポテンシャルを引き出したい!」

    2017-03-10 07:00  
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    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、福井県やハワイで展示されるチームラボの新作から、日本の地方に秘められたポテンシャルについてまで語っていただきました。「カラス」の更なるアップグレードで到達する「群れ」の表現とは? そして、地方都市だからこそ実現できるアートの可能性とは?(構成:稲葉ほたて)

    「群れ」という秩序なきピース
    猪子 最近は、各地でチームラボの常設展示をつくる機会が少しずつ増えているんだけど、今回はその紹介から始めたいな。まずは3月26日から、福井県永平寺町に新しくできる文化施設「えい坊館」に、作品を常設することになったの。禅の曹洞宗の大本山の永平寺がある町で、曹洞宗はひたすら座禅する。もちろん、座禅ではないのだけれど、作品の空間で、ひたすら座って体験してもらおうと思ってて。16畳程度のこじんまりした空間の壁4面と床に、森美術館で展示した「追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして衝突して咲いていく - Light in Space」と同じシリーズになる新しい作品を創って展示しようと思っている。

    ▲「鳥道 - 黙坐 / Bird Road」
    実は、今回は無数の鳥が「群れ」で飛んでるんだよね。これまでは、手付け(手作業の)アニメーションによるカラスと、アルゴリズムによるカラスの2つが混ざっていたんだけれど、今回は全てアルゴリズムで鳥が動いているの。まるで、イワシの群れにマグロが来たときみたいに、鳥の群れは鑑賞者を避けるように飛ぶんだよ。
    宇野 そもそもなんで群れにしようと思ったの?
    猪子 昔から「群れ」そのものに興味があったんだよね。ムクドリの群れの動画があるから、それを見てもらうのがわかりやすいかな。これが、めちゃくちゃヤバい動画なんだよ。今までも作品でよく群れを使っているし。で、今回は、群れにもっとフォーカスを当てて、全体としての意思はなくて、鑑賞者の存在の影響を受けながら、一羽一羽が非常にプリミティブなルールで動くことで、意図のない複雑で美しい線群を空間に描きたかったんだ。

    ▲Flight of the Starlings: Watch This Eerie but Beautiful Phenomenon | Short Film Showcase
    宇野 これはすごいね……。僕、もし時間が有り余ってたらずっとこの動画を見ていられるな。群れ全体が、有機物なのか無機物なのかもよくわからない、巨大な生き物のような動きが素晴らしいね。
    猪子 これは遠くから撮影した映像だけど、この群れの真ん中に、鑑賞者の視点があるような世界をつくりたいんだよね。僕がこの動画に惹かれたのは、群れの密度が変わっていくところなんだよ。密度によって、ムクドリの影である黒色が強く出たり、逆に背景の空の色が見えたりと、どんどん印象が変わっていくじゃん。その動きと色の濃淡が美しいよね。
    宇野 この前の、スクリーントーンの話に近いかもしれないね。西洋の印刷技術をいかに日本的な平面表現の思想でハックするかという試行錯誤の中でスクリーントーンが生まれてきたという話をしたけど、スクリーントーンは密度だけで僕らの色彩感覚を置き換えてるわけだよね。「濃い青だったらこれくらいの密度の点々」というふうに。そこに時間の動きを組み込んだのが、今回の新作のポイントだよね。
    猪子 そうそう。群れの動き自体が、見ていてすごく気持ちがいいんだよね。あと面白いと思ったのは、おのおのの鳥がシンプルなルールで動いているだけなはずなのに、全体で複雑な生き物のように振る舞っているところかなあ。
    宇野 その群れの動きの特徴って、まさにチームラボがつくってきた「秩序なきピース」だもんね。猪子さんが群れに惹かれるのもわかるな。
    でも、今までのチームラボの作品が、人間を動物の群れのように動かしてしまうことによって、ピースが成り立っていくものだとしたら、今回は少し違うと思う。いわばこの自然に発生している「秩序なきピース」のダイナミズムを、いかに人間に味わわせるかに注目している。だから、猪子さんにしては珍しく、鑑賞者が作品に参加するよりというよりは、作品を観ているという印象が強い。
    猪子 確かに。
    宇野 ただ、この群れの動きには、人間の意図と自然現象の中間にあるような、独特の他者性があると思う。気持ち悪さと気持ち良さが混在してるこの感覚って、群れ全体が目的の見えない変なリズムで動いていて、とてもじゃないけどあの群れと対話とかできなさそうなところから来てると思うな。意図を持っているように見えるけど、明らかに自分と同じような思考回路をしているわけじゃない、という感じがする。
    こういう、小さな生き物の群れが一つの巨大な化け物みたいに見えるみたいなモチーフは、宮崎駿がよくアニメーションで再現してるよね。『もののけ姫』でアシタカの腕に呪いとしてつくタタリ神とか、『となりのトトロ』の真っ黒いススワタリとか。あの自然の群れの持つ奇妙な運動性って、誰の意志もない単なる自然現象なんだけれど、人間の目には、ある種の神や悪魔とかの超自然的な意図を持った何かに見えてしまう。たぶんこれって、古くからは特に妖怪の表象として、伝統的に禍々しく描かれてきていることが多い現象だと思うんだよね。
    猪子 あの禍々しさをつくるのには非常に興味があって、でも難しいんだよね。イワシの大群ぐらいだったらできるんだけれど、ちょっとムクドリの禍々しさは研究中だなあ……。でもいくらすごい量だったとしても、桜吹雪には別に禍々しさとか感じないもんね。群れってほどよく意図的に見えながら、理解の範疇を超えてくる”他者”なのかもしれないと思う。そして、そこには、何か、人間がまだ理解していない普遍的原理の存在があるように感じるんだよね。

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  • 古川健介『TOKYO INTERNET』第7回 匿名性の次の依代「初音ミク」から見る日本が作れるプラットフォームとは【毎月第2水曜配信】

    2017-03-08 07:00  
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    「けんすう」こと古川健介さんが日本的/東京的なインターネットの特質に迫る連載『TOKYO INTERNET』。今回は、「名無し型匿名」の発展型としてゼロ年代後半に登場した「初音ミク」を分析しつつ、日本的インターネットが次に何を生み出すのかを考えます。

    匿名性の次の依代「初音ミク」から見る日本が作れるプラットフォームとは
    (イラスト・たかくらかずき)

    前回の記事では、なぜ日本のネットサービスでは匿名性が好まれるか、という点に関して「関係性を消し去るため」と述べました。更に「名無しさんというキャラにユーザー全員がなりきることで、より関係性を消していき、一体感を得ていく」というところまで述べています。
    たとえばアメリカなどでは、自分の個性やアイデンティティを非常に重視し、「自分は自分であり、自分の意見を言うことが大事」という考え方を強く教育をされます。私は私、という考え方です。
    それに比べ、日本を含む東アジアでは、全体の関係性の中で、自分というものを考えます。会社での自分と家での自分、というので、キャラが全く違うということもありえます。
    関係性を強く意識する日本人にとって、匿名性のインターネットサービスは、その関係性がないところでコミュニケーションができるため、居心地がよかった。そして、単なる匿名にとどまらず、みんなが「名無しさん」という同一のキャラクターを演じることで、その関係性をよりゼロにしていったのではないか・・・というのが前回の主張です。
    この記事ではそこから先にさらに推し進めて考えていきたいと思います。考えていきたいのは、「その匿名性があったことで、日本のインターネットは何を生み出したか、そして何を生み出す可能性があるか」という点です。
    ちなみに、この連載の主な目的は「インターネットサービスなどは、実は都市に深く結びついている。東京からは、どんなサービスが生まれる土壌があるのかを整理し、これから作られるサービスの手助けをしたい」という点にあります。その意味からも「匿名性と名無しさんへのなりきりによって、関係性を消した先に、何が生まれたのか」ということを整理し、さらに今後何が生まれていくのか、という点を重点的に書きたいと思います。
    集合知と匿名性は何を生み出すか
    まず、最初に「集合知」と匿名性の関係について掘り下げて考えていきたいと思います。
    集合知とは、2004年くらいに盛んに言われた言葉です。Web2.0という言葉が当時流行ったのですが、要は「たくさんのインターネットユーザーが投稿などをすることで、その集合した知識の全体が良い感じに使える知識になったもの」という感じでしょうか。広義の意味では、オープンソースプロジェクトや、クリエイティブ・コモンズなども含まれますが、ここでは技術者や専門家ではない、一般のユーザーが行動することが、集合的な知となる、という意味に限定して考えていきます。
    その意味での集合知を分解すると、以下の2つになります。

    ・インターネットユーザーによる大量のデータ
    ・その大量のデータを解析して、使いやすくする

    インターネットユーザーによる大量のデータは、明示的に投稿するものから、無意識に行っている活動も入ります。
    前者の例としてはクックパッドなどです。多くの人たちが自分のレシピを投稿しており、そのデータが大量にあるため、レシピサイトとしての価値が高いのです。
    後者は、Googleの検索結果などです。Googleの検索結果の順番のロジックは、それぞれのサイトに貼られたリンクの数だったり、検索結果から遷移したときのユーザーの動きなどを見てランクを決めています。
    ネットサービスにおける集合知についての議論は、2004年ごろのWeb2.0時代に盛んにされましたが、当時は海外と日本の差はほとんどありませんでした。ブログや、ソーシャルブックマークなどは、アメリカで流行し、そのあと日本でも類似サービスが出てきて流行ったわけです。
    しかし、ゼロ年代後半から10年代にかけて、差が出てきます。
    まず、GoogleやApple、Facebook、Amazonなどのいわゆる「BIG4」と言われる企業たちは、「ありえないほどの大量のデータを確保する」「その大量のデータを、ものすごいリソース(人的資源、サーバ費用など)にて解析する」ということをしていっています。
    Googleなどは凄まじく、Android携帯を使っていると、今日どこの場所にいったか、どこでご飯を食べたのか、というものをGoogleマップで保存していたり、「一昨日買ったこの靴、値下がりしていたよ」と表示してきたりします。Googleで検索をしていたり、Chromeを使ってWebを徘徊していたり、Gmailを使ってメールをしたり、Googleカレンダーを使っていたりするユーザーは、相当なデータをGoogleにあずけているわけです。Googleはあらゆるデータを抑えており、それを凄まじい精度で解析をしています。これはますます加速していくでしょう。
    こうした戦いは、シリコンバレー的な、グローバルのインターネット企業の得意とするところであり、強者がより強者になっていく、という形です。
    そして、現在、よく話題になる人工知能(AI)に関しては、彼らが圧倒的に先に行っています。人口知能とは、いってしまえば大量のデータを保有しており、それを学習するための大量のリソースを使えるかどうか、にかかっているので、その2つを使える企業は限られているからです。
    中国などのインターネット企業はそれに追従しつつありますが、日本のインターネット企業では、そのような動きができている企業はかなり限定的です。かろうじてYahoo!JAPANなどでしょうか。
    しかし、この流れの中、日本では、全く別の集合知により、新しいプラットフォームができあがっていました。それが「初音ミク」です。

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  • 落合陽一「デジタルネイチャーと幸福な全体主義」 第5回 機械の時間と最適化された世界(後編)【毎月第1木曜配信】

    2017-03-02 07:00  
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    メディアアーティストにして研究者の落合陽一さんが、来るべきコンピュータに規定された社会とその思想的課題を描き出す『デジタルネイチャーと幸福な全体主義』。今回は、コンピュータによる全体最適化で多様性を失った人間は、いかにして強度を確保するのか。人間性を超越した機械による新しい統治の原理について考えます。(構成:長谷川リョー) 

    人間の寿命を超えた知性が出現する
    第5回の前編では、AlphaGoを引き合いに出しながら、コンピュータ・サイエンスの専門家が他分野に侵食しつつある現状、そして、二つの思考法のパラダイムが生まれていることに触れました。
    たとえば、現在生まれつつある「◯◯の専門家」vs「コンピュータの専門家かつ◯◯の素人」という対立構図においては、後者が前者を駆逐していくのは明白でしょう。しかし、この変化はあくまで人間の生物時間を単位とした場合のものです。これが、「インターネットの意思ないし集合知」vs「ある世代の人類」だった場合、その変化は、前者よりもはるかにゆるやかなペースで進むことになります。
    個人の人生の中で、目的の実現を目指すのであれば、ラディカルな変化が求められます。そこでは資本主義的なテコの原理によって、問題を短時間で効率良く解決するフレームワークが有効です。それに対して、個人の人生を超越した全体を想定する場合、変化はより長いタイムスパンに及び、ゆるやかな速度で進んでいくでしょう。この時間尺度で捉えたインターネットは、人類の集合知であると同時に、人類の生物学的限界を超えた「寿命から切り離された知識」と言えるかもしれません。
    こういった個人の寿命をはるかに超えた全体が想定された事業の例は、人類史上においてほとんど見当たりません。約300年の建造期間が想定されたアントニ・ガウディのサグラダ・ファミリアや、1000年以上もの間、増築され続けた万里の長城、1500年続くと言われる伊勢神宮のライフサイクルなどはその数少ない例外です。このような数百年単位で完遂される知的活動の事例が少ないのは、人間の生活実感をはるかに超えた時間単位における知性の働き方は、我々の知るそれとは全く異なっているからです。
    もっとも、状況に応じて生み出された巨大な仕組みが、結果的に人々の思惑を超えたところで全体として機能し始めることは、往々にしてあります。たとえば、津波を避けるための防波堤がそうです。最初に防波堤が建てられたのは、震災時の被害を食い止めようとする人々の意志によるものでしょう。しかし、一度システムに組み込まれた防波堤は、あたかもそれ自体が意思を持っているかのように存在し続けるようになります。防波堤が壊れるたびに「防波堤がないとダメだ」という議論になり、人々は誰に命じられるでもなく、防波堤を修理し続ける。次の大地震が来るまでのタイムスパンが、人間の一生よりも長い場合、その活動は個人を超えた意志のもとに維持され続けます。いずれはインターネットも、そういった巨視的な前提に立った構造物を数多く産み出すようになるでしょう。
    このコンピュータによる全体最適化は、「死の概念」や「個人の幸福」といった人間の倫理観を超越しています。しかし、だからといってそれが、人間の尊厳や基本的人権を直接的に脅かすことはないはずです。なぜなら、人間が判断や意思決定しうるスパンは、せいぜい自分の一生、80年程度が関の山だからです。それ以上の時間的スケールを要する問題は、周波数が遅すぎて考えることができず、おのずと認識の外側に置かれるからです。
    全体最適化による問題解決――それはきわめて全体主義的ですが、同時に誰かを不幸にすることもありません。将来的には、この「全体最適化による全体主義によって全人類の幸福を追求する」という思想が、人間社会を覆い尽くすことになっても、不思議ではないと思います。

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  • invitation to MAKERS 第4回 TiNK――シェアリングエコノミーを加速させるスマートキー 株式会社tsumug 牧田恵里【不定期連載】

    2017-02-14 07:00  
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    今朝のメルマガは「invitation to MAKERS」をお届けします。第4回は、株式会社tsumug(ツムグ)の代表・牧田恵里さんのインタビューです。不動産向けのスマートロックSharing Key とTiNKを手がけるスタートアップtsumugは、さまざまな企業のテクノロジーをつむぐことで、シェアリングエコノミーを加速させる「鍵」を作ろうとしています。開発の経緯から、拒絶ではなく信頼をコンセプトに置く鍵が作る未来のビジョンまでお話を伺いました。(構成:高橋ミレイ)

    ▼プロフィール
    牧田恵里(まきた・えり)

    株式会社tsumug 代表取締役
    東京理科大学理工学部建築学科在学中、日本のフラッシュカードメーカーを親会社として版権事業を行う、東南アジア企業との合弁会社を代表取締役社長として設立。2013年4月より孫泰蔵率いるMOVIDAグループにジョイン。2015年末に不動産向けカギデバイスの開発会社tsumug(ツムグ)を設立。
    不動産業の課題をテクノロジーで解決する

    ――御社の業務内容やサービスを聞かせていただいてもいいですか?
    牧田 tsumugは、シェアリングエコノミーを加速させる会社を作りたいと思って作った会社です。私自身が以前に不動産会社で働いていたこともあり、不動産業の持つ課題を解決しながら、将来的にシェアリングエコノミーと結びつけられるテクノロジーを活用できると思ったんです。シェアリングエコノミーを加速するといっても、まだ日本はこれから民泊やAirbnbが普及していく段階です。なので、今の段階ではスマートロックを不動産業界に普及させるために、BtoBで提供していく形をとっています。
    電子錠自体は今までもありましたが、通信できるものが出てきたのはごく最近のことなんです。ですから、まずはユーザーの方に使い方や便利さを実感してもらったり、管理会社に「鍵の管理コストが減った」「内見数が増えた」「内見からの成約率が上がった」というメリットが十分に伝わった段階で、次のステップに行くタイミングになるのかなと思っています。
    あとスマートロックの事業をやっていて思うのが、女性の方にニーズがあるということです。一人で生活していて不安、誰かが鍵をいじっているかもしれない、彼氏に鍵を渡したんだけど別れた後返してもらえないといった不安を解消するツールになりそうです。
    ――特に女性なら防犯上のことは気になりますよね。
    牧田 ええ、賃貸物件の条件検索ワードのトップは「オートロック」だそうです。でも実はオートロックって、それほど安全ではないんです。入居者の後に続いて一緒に入れてしまうし、多くの場合は施錠扉をガラスの自動ドアにしているので、強度は弱いなどの問題はあります。オートロックよりもセキュリティを強化する方法はあると思います。
    ――今年1月に新製品をCES(Consumer Electronics Show:毎年1月にアメリカのラスベガスで開催される世界最大規模のエレクトロニクスショー)に出展されたそうですが、それについて詳しく伺えますか?
    牧田 今回のCESではグローバルに向けて、うちで作っている商品がどう受け止められるのか、ディストリビューターがどう思うのかをリサーチしたいと思いました。コンセプトモデルを展示して、tsumugがやりたいと考えている、シェアリングエコノミーが加速するデバイス開発という面を全面的に押し出しました。それが「TiNK」というデバイスで、今プロトタイプを作っています。CESでは指紋やジェスチャーで認証したり、顔認識、NFCに対応しているものを発表しました。
    ――ブースに来た海外の方の反応はいかがでしたか?
    牧田 まずデザインに惹かれる方が多かったようです。今回のCESでは、スマートホームやホームテックを展示している企業が多かったんですけど、そこの人たちが見に来てくれました。海外版に関してはディストリビューターが多かったですね。プラットフォームとしてセンサー類をすでに持っている企業から、自社の商材のひとつとして欲しいというコメントがありました。
    ――指紋認証だけでなく、音声認識や顔認証、登録している図形を手で描くなどいろんな認証方法が可能なのですよね。
    牧田 海外版もふくめるとそうです。今国内で使われている認証は、テンキーやスマートフォンですね。インターフェイス部分はオプション的な感じで必要なセキュリティ強度と用途に合わせて変えるといいと思います。CESでの展示では指紋認証と顔認証を組み合わせました。顔認証だけだと、登録した人の顔写真を提示しただけで開いてしまうケースもあるからです。
    ――確かに指紋認証と顔認証ならば、よほどのことがない限り安全ですよね。また、それとは逆に認証を緩くすることも可能ですよね。
    牧田 そうですね。そこは今後さらに研究していきたいと思います。一時的な利用者であれば、その人が来たという通知とログだけが残ればいい場合もあります。

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  • 古川健介『TOKYO INTERNET』第6回 日本における匿名とは、自分のことを隠すことではなく、関係性をゼロにすることである【毎月第2水曜配信】

    2017-02-08 07:00  
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    「けんすう」こと古川健介さんが日本的/東京的なインターネットの特質に迫る連載『TOKYO INTERNET』。今回は、なぜ日本のインターネットで「名無し型の匿名」という形式が好まれるのかを考察します。

    日本における匿名とは、自分のことを隠すことではなく、関係性をゼロにすることである
    (イラスト・たかくらかずき)

    タイトルでぜんぶ言い切りました。今回のTOKYO INTERNETは匿名についてです。「なぜ日本では匿名性が重要なのか」です。
    日本のインターネットでは、匿名による投稿が好まれる傾向があるように思われます。たとえば、匿名掲示板の「2ちゃんねる」や2016年に流行語にもなった「日本死ね」という言葉が生まれた「はてな匿名ダイアリー」などは、匿名で投稿できるサービスの代表例です。
    Wikipediaの主要10言語の中で、日本語版はもっともログインをして投稿や編集をする人が少なかったというデータもあります。

    日本語版の大きな特徴の一つは、編集をする利用者のうち登録せずにいる利用者の比率が高いことである。2007年12月時点で、編集回数の約40%はログインしない利用者によるものであり、これは主要10言語のウィキペディアのうちで最も高い割合となった。

    SNSだと実名で書いたり、友だちと繋がったりしているので、匿名は少ないんじゃない?と思ったのですが、Twitterなどでも匿名利用が多いようです。総務省によると

    Twitterの利用者では日本は「匿名利用」が7割を超え、他国に比べても顕著に匿名利用が多い状況にある

    とのこと。ちなみに欧米だけでなく、アジアとくらべても、日本は匿名利用が高いというデータになっています。(参考:諸外国別に見るソーシャルメディアの実名・匿名の利用実態(2014年) )
    ちなみにちょっと「匿名」について整理をします。匿名といってもいろいろな段階があります。

    ・完全匿名・・・IPアドレスなどの発信者情報も追えない。初期の2ちゃんねるや、昨今のDeepWebなどもこれにあたる。
    ・名無し型匿名・・・名前を記入する必要がないもの。同じ人が投稿を続けても、それらの投稿が同じ人かどうかが追えないもの。今の2ちゃんねるや、匿名ダイアリーなど。
    ・あだ名型匿名・・・いわゆるハンドルネームなどを使い、本名を出さない。アイデンティティは統一されているが、現実の自分とは結びつかない。多くのWebサービスやTwitterなど。

    匿名性、といって思いつくのが大きくわけてこの3つでしょう。この3つは区別しておかないとややこしいことになってしまいます。
    どうしても身元がバレては困るもの、たとえば告発などで必要な匿名は、「完全匿名」でなければなりません。今の2ちゃんねるに普通に書いたら、名前は出ないものの、発信者情報から身元を特定することは出来てしまいます。
    「匿名で書けるネットコミュニティ」の存在について議論をすると、必ず「情報提供者を守るために、匿名性は必要だ」という意見が出てくるのですが、これはあくまで発信者情報を守るという意味の匿名であり、トレーサビリティ(追跡しやすさ)の話です。なので、この記事では取り扱いません。主に「本名や、ニックネームを使わないで投稿できる」という意味の匿名について述べていきたいと思います。
    「日本人は匿名が好き」というのは昔から言われていました。この議論はずいぶん長く論じられており、僕の知る限り、20年くらい、「なんで日本のネットは匿名が好きなの?」という議論がされています。
    そこで、この連載でも、再度、日本と匿名について考えていきたいと思います。
    なぜ日本では匿名が好まれるのか
    なぜ日本のインターネットでは、匿名が好まれるのか、という点については、まず初期のインターネットにおいて、匿名掲示板が流行したことが影響しているのは間違いないでしょう。
    この連載のほかの記事でも述べましたが、「あやしいわーるど」から「あめぞう掲示板」、そして「2ちゃんねる」という大手匿名掲示板が初期に流行し、インターネットにおける中心サービスだったことは見逃せません。
    ここでの特徴は、どれも名無し型の匿名性だったことです。つまり、名前を入れる必要がない。重要なのは、ハンドルネームが必要な「あだ名型匿名」ではなくて、「名無し型匿名」が日本で受け入れられたことです。
    この、「名無し型匿名」こそが日本の特殊なインターネット文化を作ったのではないかと思っています。アメリカなどの他国でも、ソーシャル・ネットワーキングサイトが流行するまでは、どちらかというとハンドルネーム文化でした。名前欄に適当なハンドルネームを入れて、それで活動するというイメージです。
    しかし、日本では、初期段階のインターネット上で、文化を形成していったコミュニティサイトの多くが、「名前を入れることすらいらない」サービスだったのです。
    「そもそも、適当な名前を入れるのと、名前を入れないの、どっちも自分だとバレないから大差ないのでは?」と思う人もいるかもしれません。しかし、この2つには実際、かなりの違いがあります。
    というのも、人間は、何でも、名前がつくと、そのアイデンティティを統一しようとする傾向があります。たとえば、自分とは全く結びかない名前をつけて投稿したとしましょう。たとえば、「けんちゃん」みたいな感じです。
    そして、「けんちゃん」として「バナナは超おいしい」と書いてたとします。そしてバナナ好きと盛り上がったとします。すると、次の日に「バナナは超まずい」とは書きづらくなってしまうのです。そうすると「あれ、昨日はバナナはおいしいっていってたじゃん」「嘘なの?」となるからです。
    人間が心理的についやってしまうことなどをまとめた「影響力の武器」という本によると、人間には、「この人は、一貫している」と見てもらいたい気持ちがあるそうです。一貫性が時には正確性よりも重視されることすらある、と。
    つまり、自分でネット上の名前をつけて、その名前で活動する限り、たとえ実名と結びつかなくても、自分自身の一貫した態度を守りたい、と思ってしまうのです。
    この一貫した態度のことは、言い換えると「キャラ」、といったほうがわかりやすいかもしれません。自分で決めたキャラを統一し続ける必要があるわけです。
    キャラとは、元々は物語に出てくる登場人物のことを指す言葉でしたが、ゼロ年代に入ったあたりから、「真面目キャラ」とか、「明るいキャラ」といったような使われ方をしはじめています。Wikipediaでは「コミュニティ内での個人の位置(イメージ)」と定義されています。これもほとんどの人が普通に使っている言葉ですね。
    このキャラを統一し続けたくないから、名無し型匿名を好んだ、というのがこの記事での仮説です。
    では、なぜ日本人は、キャラを統一し続けたくないのでしょうか?

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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉第17回「光と音楽の一体化で、〈身体的な知〉を開拓したい」

    2017-02-07 07:00  
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    今回は、2016年に海外で極めて高い評価を得たチームラボの作品群や、年末年始にかけて大阪で開催した『Music Festival, teamLab Jungle』などを振り返ります。光と音楽が一体化したアートで得られる、新しい「身体的知」の可能性とは?(構成:稲葉ほたて)


    海外メディアでの評価が超ハンパない!
    猪子 今回は、ちょっと2016年の振り返りから始めてもいいかな? というのも、年末年始に、世界中のメディアがチームラボのことをすごくピックアップしてくれたんだよね。
    特に、『DMM.プラネッツ Art by teamLab』をたくさん評価してもらった。CNNの「2016's most visually inspiring moments」という記事では、トップに取り上げられたんだよ。すごいでしょ!



    ▲”2016's most visually inspiring moments”(CNN, December 30, 2016)


    宇野 だから前にも言ったじゃん。猪子さんは『シン・ゴジラ』にも『ポケモンGO』にも負けてないって。
    猪子 他にもたくさんあるんだよ。建築やデザインで世界的に有名なヨーロッパの『Frame』では、「Events readers’ choice: top projects of 2016」という記事でも2番目に選ばれたり、世界的に巨大なデザインメディア『designboom』の「TOP 10 art exhibitions of 2016」でも取り上げてもらったんだ。

    ▲”Events readers’ choice: top projects of 2016”(Frame, December 28, 2016)

    ▲”TOP 10 art exhibitions of 2016”(designboom, December 08, 2016)
    あの『THE WALL STREET JOURNAL』では、「The Top Selfie-Worthy Museum Shows of 2017」という記事で、いまロンドンで開催中の展示会『teamLab: Transcending Boundaries』が、草間彌生さんや村上隆さんと並んで選ばれてる。これは、ロンドンで発行される雑誌版の表紙も飾るんだよね。

    ▲”The Top Selfie-Worthy Museum Shows of 2017”(THE WALL STREET JOURNAL, January 9, 2017)
    そしてチームラボとしては、『WIDEWALLS』というスイスのアート誌の「10 MOST INSPIRING ARTIST COLLECTIVES WORKING TODAY」でトップに掲載されて、しかも、同誌の「10 FAMOUS INSTALLATION ARTISTS WHOSE WORK YOU HAVE TO KNOW」にも選ばれたんだよね。他に選ばれているのがオラファー・エリアソン、草間彌生さん、艾未未(アイ・ウェイウェイ)、クリストとめちゃくちゃすごいメンツなんだよ。クリストは島の周りにピンク色の布をかける作品で有名なんだけど、僕たちが小学生の頃から教科書に載ってたような人なんだよ。たぶん見たことあると思う。

    ▲”10 MOST INSPIRING ARTIST COLLECTIVES WORKING TODAY”(WIDEWALLS)

    ▲”10 FAMOUS INSTALLATION ARTISTS WHOSE WORK YOU HAVE TO KNOW”(WIDEWALLS)
    宇野 あるある。布をかける映像とか見たよ。
    猪子 あとは、世界を代表するクオリティペーパーでもあるフランスの『Le Monde』。ここでは、パリで展示した作品『Forest of Resonating Lamps - One Stroke』を、ジェームズ・タレルと一緒に取り上げてもらった。

    ▲”Les habits neufs de la lumière”(Le Monde, 28.12.2016)
    そして、『NATIONAL GEOGRAPHIC』のスペイン版では、シンガポール国立博物館に展示している『Story of the Forest』が取り上げられた。

    ▲”La historia de los bosques”(NATIONAL GEOGRAPHIC EN ESPANOL, 2016-12-21)
    ……というわけで、著名なメディアばかりで、ちょっとすごいでしょ?
    宇野 僕は日々の言動からわかっているつもりだけど、猪子さんはこの勢いで日本からいなくなるつもりなんでしょ?
    猪子 いやいや……。でも、世界を代表するようなメディアから支持されるのはやっぱり嬉しいね。
    光と音で身体ごと没入する『Music Festival, teamLab Jungle』
    猪子 今回は、前々回の連載で話題にあがった『Music Festival, teamLab Jungle』を年末年始に大阪で開催したので、それについて話したいな。

    ▲チームラボは、2016年12月24日から2017年1月9日にかけて、大阪の堂島リバーフォーラムにて『大阪芸術大学新設アートサイエンス学科 presents Music Festival, teamLab Jungle』を開催。
    この空間は「Body Immersive」という、身体ごとアートの中に没入するコンセプトの最新作品群の展覧会にあたるの。表面的には音楽フェスを装っていて、流れ続ける音楽に身を任せながら、作品に没入することができる。同時に会場では、大量のムービングライトを使った光の「線」の動きで空間を再構成したり、立体物を生成する「Light Sculpture – Line」という新しいコンセプトの作品群が次々に連続して現れるんだ。光でできてるから、その空間や立体物に、参加者がより身体ごと没入する。
    今回は、時間帯によって「昼フェス」と「夜フェス」という2種類の公演があって。「昼フェス」は50分間、「夜フェス」は70分間、それぞれのコンセプトに合わせて、音楽が鳴りっぱなしでいろんな作品が展開されていくんだ。
    【昼フェスの動画】

    https://www.youtube.com/watch?v=_GNvCbC4uaM
    【夜フェスの動画】

    https://www.youtube.com/watch?v=25H-7vruuQA
    特に「夜フェス」で展開した『Light Vortex』、『Light Cave』、『Light Shell』は、「Light Sculpture – Line」という新しいコンセプトが明確に表現された作品で、空間全体が作り変えられたり、巨大な立体物を空間に感じる感覚が、圧巻だよ。

    ▲『Light Vortex』(夜フェスのみ)

    https://www.youtube.com/watch?v=OT9hwZkqhgw

    ▲『Light Cave』(夜フェスのみ)

    https://www.youtube.com/watch?v=AFllss5NGLs
    ▲『Light Shell』(夜フェスのみ)

    https://www.youtube.com/watch?v=SvMxVMggezI
    最初はみんな結構呆然としてるんだけど、だんだん踊り始めるんだよね。特に「昼フェス」は子どもに楽しんでほしいというコンセプトだったから、子どもたちがすごくはしゃいだりして。「踊る」という、超身体的な状態になりながらアートを体験できる、特別な空間にしたかったんだ。美術館だとどうしても頭を使って作品を認識しながら鑑賞してしまうけど、それとは異なる、身体的なアートの知覚体験をしてほしかったんだよね。
    宇野 僕、この「光を点ではなく、線として用いる」ということと、これが「音楽フェス」であることは、一見別のことのようだけど、両方とも同じコンセプトに基づいていると思うんだよね。
    たとえば、光の点の集合でできた作品『Crystal Universe』では、スマホを操作することでインタラクティブなことをしたり、要するに鑑賞者がアクションを起こすことによって、猪子さんのいう「モノのような空間」に入り込んでしまう快楽が発生する。
    それに対してこの『Music Festival, teamLab Jungle』は、「光の線」で立体物が構成されることによって、自分たちがアクションしなくても勝手に空間が動的に変化して、鑑賞者の身体を作品に没入させてくれる。猪子さんがどう考えているかはわからないけれど、僕には人間の意識ではなく無意識にアプローチする後者のほうがより直接的に「身体的なアートの知覚体験」を呼び起こしているように見えるね。
    猪子 ただ、シーン(作品)によっては自分たちがアクションを起こす作品もあるよ。そこで、自分も音楽及び空間(作品)に参加している感を感じてもらいたかったんだよね。
    たとえば『Light Chords』では、光の弦に触ると弦が跳ね返ったり、音が鳴ったりするし、『奏でる図形』とかは、壁に投影される図形を触ると、インタラクティブに反応するようになっているんだ。そして『奏でるトランポリン』という作品は、トランポリンを飛ぶと音が鳴る。遊んでるだけで、結果的にみんなで一緒に空間全体の音楽を作るようにしたかったんだよ。

    ▲『Light Chords』(夜フェスのみ)

    https://www.youtube.com/watch?v=bSkMr1NGNl0


    ▲『奏でる図形』(昼フェス、夜フェス共通)

    ▲『奏でるトランポリン』(昼フェス、夜フェス共通)
    でも宇野さんの言うとおり、美術館では自分の時間配分で作品を観ていくけど、今回の『Music Festival, teamLab Jungle』は、ひとつの空間に対して音楽によって「作品のタイムライン」が決まっている。だから自分で何かをすることで空間に没入するというより、流れる時間の方に身を任せることで、受動的に作品に没入できるんだと思う。
    宇野 そう。美術館の作品は究極的にはどの順番で観ても良いし、鑑賞する時間も、観る側がコントロールできる。だけど音楽は時間芸術だから、聴く側は絶対に時間をコントロールできないんだよね。そうした制約があることによって、人間の頭脳的な知の発動を抑えて、身体的な知に寄せることに成功していると思う。
    もっと言うと、立体物でも絵画でも、鑑賞者が時間の主導権を握ってると、絶対に“自意識的”な没入になってしまう。だって、「観たくなくなったら離れればいいや」みたいなことを、常に考えてしまう可能性もあるじゃない?
    だから、時間をコントロールする自由を奪われることによって初めて、身体的な知を発動させることができる。鳴っている音楽に対して打ち返すこと、インタラクティブな装置を経由して介入することはできても、音楽の時間の流れそのものは絶対に変化させることができない。そうすると必然的に、その参加は作品との調和的なアプローチになっていくと思うんだよね。
    そもそも従来の美術館の「鑑賞物と鑑賞者」を分ける構造自体が、原理的に、鑑賞者から鑑賞物への支配的なアプローチによる没入しかできないようにさせているよね。猪子さんも作品を販売しているけど、コレクターたちは究極的にはその鑑賞物を自分のモノにしたいわけで、それは支配的なアプローチを促す。
    それに対して『Music Festival, teamLab Jungle』は、音楽の「鑑賞者が時間の主導権を握れない」という性質を上手く利用して、「鑑賞物と鑑賞者」という関係を破壊している。
    猪子 たしかに。最初はただ、踊っているような状態でアート的な体験をしてもらいたいという気持ちで始めたんだけど、その調和的なアプローチを目指して、無意識で音楽を選びとっていたのかもしれないね。
    音楽による「秩序がなくともピースは成り立つ」
    猪子 途中、『Throw in the Moon』という、投げ込まれた球体に、光の線が追従する作品があって、それから最後に、光の線が追従してものすごく輝くミラーボールが乗った神輿で会場を練り歩く、『Carry in the Sun』という作品がある。なんだか人類にとって宗教が始まる瞬間を垣間見ている気持ちになった(笑)。

    ▲『Throw in the Moon』(昼フェス、夜フェス共通)

    https://www.youtube.com/watch?v=xw90ietgDOg

    ▲『Carry in the Sun』(昼フェス、夜フェス共通)

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  • 落合陽一「デジタルネイチャーと幸福な全体主義」 第5回 機械の時間と最適化された世界(前編)【毎月第1木曜配信】

    2017-02-02 07:00  
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    メディアアーティストにして研究者の落合陽一さんが、来るべきコンピュータに規定された社会とその思想的課題を描き出す『デジタルネイチャーと幸福な全体主義』。第5回の前編となる今回は、全体最適化による全体主義は、なぜ〈幸福〉なのか。オープンソースの普及や、インターネットによる学習効率の向上がもたらす変化の先にある、新しい社会の形態を素描します。(構成:長谷川リョー)
    ▼ニコ生放送時の動画はこちらから!
    http://www.nicovideo.jp/watch/1475244623
    放送日:2016年9月27日
    多数決に依らない全体最適化による全体主義
    第5回となる今回は、インターネットで徐々にその傾向を強めつつある全体主義性が、どのような原理によってもたらされているのか。それがどんな世界を導くのかについて考えてみたいと思います。
    現在のインターネットは、資本主義で駆動される世界と、オープンソースに基づく世界の二方向に分かれつつあります。資本主義的な世界はアプリケーション的な要素から構成され、企業体が存在しユーザーが存在する、当たり前ですが民主主義的に駆動されています。それとは若干異なって、オープンソースの世界は、論文・コード・ライブラリといった要素から構成され、全体主義的な性質を持ちます。
    なぜ、このような二つの世界が現れたのか。簡単に前回のおさらいをしましょう。マックス・ウェーバーは資本主義が成功した要因の一つとして「資本の再投下」に着目しました。シリコンバレーにおいては、黎明期にIntelやHPといった企業が成功を収め、その利益がAppleなどの次世代の企業に再投下され、さらにその利益がGoogleやFacebookに再投資されました。この資本の再投下のループによって戦後のアメリカ経済は大きく発展しますが、その裏側では、LinuxやGitHubなどに代表されるオープンソースの思想が誕生します。オープンソースによってインターネットの裾野は拡大し、公開された基礎技術の恩恵を資本主義企業も受け取る。こういったプロセスを辿りながらアメリカのIT業界は成長してきました。
    そして2000年代以降、オープンソースはさらに影響力を強めています。これからの社会は、オープンソースを基盤とした全体主義的な社会構造になっていくのはないか、というのがここでの問題提起です。
    ただし、ここでいう全体主義というのは、20世紀前半の全体主義とは明確に区別されるべきものです。前世紀の全体主義が「民主主義に由来する全体主義」とすれば、これは「全体最適化による全体主義」といえるでしょう。
    民主主義による意思決定で焦点となるのは人間の数です。現在の制度では多数決で意思決定が行われますが、そこには必然的にマジョリティとマイノリティの区分が生まれ、マイノリティは大多数を締めるマジョリティの意見に従わなければなりません。しかし、全体最適化を意思決定の根拠とする場合は、賛同する人間の数は問題になりません。あくまで、生態系として捉えた社会、その全体にとって都合が良い選択肢が個々の問題や一人一人に対して別々に選び出されるわけです。
    インターネット学習がもたらした知識と技術の〈下駄〉
    この「全体最適化による全体主義」が実現するのであれば、そこではAIが重要な役割を担うことになるのは間違いありません。すでにAIは我々の社会に入りこみつつありますが、そこで必ず出てくるのが「人工知能が人間の仕事を奪う」といった「AI脅威論」です。しかし今現在、世界で起きているのは、それとはすこし位相の違った現象です。
    たとえば、AIの「AlphaGo」はトップ棋士のイ・セドルに勝利しましたが、「AlphaGo」のエンジニアの囲碁の腕は、イ・セドルよりもはるかに劣るはずです。この事実が示唆してるのは、既存の専門家から職を奪うのは、AlphaGoのようなAIそのものではなく、AIのエンジニアだということです。これからはバイオやデザインなど他の分野にもAIが介入し、専門的領域の多くがコンピュータ・サイエンスによって覆い尽くされていくでしょう。ただし、それは「AIが世界を統治する」のではなく「コンピュータ・サイエンスの研究者があらゆる分野に進出する」という言い方が正しいのです。
    そう遠くない将来、どの分野においても、トップの研究者たちはコンピュータ・サイエンスの研究者とタッグを組むようになり、AIと距離を置く人たちは、影響力を失っていくでしょう。AIと組んだ研究者グループによる高度な成果が基準となることで、それに太刀打ちできない人々は淘汰されます。この「AIと人間の協業」がオープンソースをベースに展開されることになれば、私たちの社会は大きくその姿を変えるはずです。


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  • 井上明人『中心をもたない、現象としてのゲームについて』第13回 プレイヤーのいないゲームは存在しうるか?【不定期配信】

    2017-02-01 07:00  
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    【配信日程変更のお知らせ】毎月第1水曜日更新の猪子寿之さんの〈人類を前に進めたい〉は、諸般の事情により今月は配信日程を変更してお送りいたします。楽しみにしていた読者の皆さまにはご迷惑をおかけしますが、次回の更新まで今しばらくお待ち下さい。

    ゲーム研究者の井上明人さんが、〈遊び〉の原理の追求から〈ゲーム〉という概念の本質を問う「中心をもたない、現象としてのゲームについて」。今回は、ゲームの本質を、プレイヤーが技能を習得する過程にあると考える「学習説」に、ルールやゴールの存在を重視する「ルール/ゴール説」を接続することで、ゲーム体験を包括的に説明しうる理論の構築を試みます。
    3−2−2.プレイヤーのいないゲームは存在しうるか?
     ここまでの議論を別の角度から問うことにしよう。Björk【注1】らはゲームとは何かという問題を考える上で重要な論点の一つとして「プレイヤーのいないゲーム」について考えるということを挙げているが、本稿でもその問題を取り扱うことにしたい。
     「プレイヤーのいないゲームというのは存在しうるだろうか?」
     ここまでの議論を踏まえると、この疑問に対する答えはイエスとも、ノーとも言える。
    1)プレイヤーのいないゲームは存在しない
     ゲームというものは、しばしば誰かしらの人間の遊び手によって積極的に遊ばれるものと想定されることが多い。特にゲームというものが誰かによって楽しまれたり意思決定されたりするような何かしらの人間の認知現象を介したものとみなすような立場(認知論的立場)からすれば、プレイヤーのいないゲームというのは存在しないということになる。
     たとえば、人間の主体的な認知を要するものとしては、学校における学習場面のようなものがあるが、学校における学習は教師側の役割が映像教材のような意識をもたない存在になることは可能かもしれないが、生徒の側が人工無能的な弱いAIのようなものになるといったことは考えにくい。AIにサンプルデータを学ばせることもまた学習とは呼ばれることには呼ばれているが、いまのところはそれが、人間のような存在が何かを学習するということとほぼおなじものとみなすことは少ないだろう。特定のアルゴリズムの集合体に、データを読み込ませるという行為と、人間の学習という行為のあいだには、いくつかの違いがあるが、その大きな違いの一つは何かしらを認知する意識の有無だ。意識のない存在が喜んだり、悲しんだりするという想定を我々はもっていない。
     現実空間をごく決められたパターンでしか認識できないようなアルゴリズム同士が、学校のような現実空間で、教師役と生徒役をやっていたとしたら、それは何かポストアポカリプス的なシュールさの漂う風景に見えるだろう。せめて生徒役は、もう少し意識のある存在でないことには、我々の日常感覚からするとあまりにも変わった風景に見える。
     人間の意識を必要とするはずの「ゲーム」というものが、人間の介在を必要としないというのは、どうも奇妙だ。その意味で、プレイヤーのいないゲームというものは存在しない、といえる。
    2)プレイヤーのいないゲームは存在する
     では、「プレイヤーのいないゲームは存在する」とはいいうるか?といえば、これを支える立場は、議論の立ち位置を逆にすることで成立させることが可能だろう。つまりルールやゴールといった形式によってゲームを定義するような――ここまで「形式論」と呼んできた――立場に根ざして考えれば、むしろこちらのほうが自明だということになるだろう。
     先述のBjörkらの指摘【注2】でも、プレイヤーという概念を、意識のあるものとして想定しないかたちで、「プレイヤーのいないゲーム」の例がいくつか挙げられている。
     たとえば、近年コンピュータによる将棋や碁のプログラム同士の対戦が話題になることが多くなったが、将棋AI同士の対戦を観戦するときに、そこで「ゲーム」が行われていると思うことができるのならば、そこには「プレイヤーのいないゲーム」は存在している、と言いうる、ということになる。
     将棋AI同士の対戦は、ルールもゴールも明確に設定されており、ゲームのエージェント【注3】同士のインタラクションも存在する。こういったかたちでゲームとしての形式的なポイントがおさえられていれば、それはゲームだといいうるという立場をとることはできるだろう。
     以上、二つのまったく別々の解釈について述べてきたが、これらを一行にまとめてしまえば、プレイヤーのいないゲームは存在するとも言えるし、プレイヤーのいないゲームは存在しないとも言える、という結論になる。
     両者はもちろん、相容れない結論である。しかし、前者は認知論的に一貫した説明が可能であり、後者は形式論的に一貫した説明が可能である。つまり、そこには認知論か、形式論か、という前提の差がある。この前提の差がなぜ生じるのか。
     「プレイヤーのいないゲームは存在するか?」という問いは、この前提の差を整理することを通して、より明確に理解されることになる。

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  • 古川健介『TOKYO INTERNET』第5回 なぜ日本が世界共通語「Emoji」を生み出したのか、そしてその影響とは【毎月第2水曜配信】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.772 ☆

    2017-01-18 07:00  
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    【チャンネル会員の皆さまへ】
    本記事では、本文に絵文字が含まれています。テキストメールでは、リンクをクリックすることで絵文字の画像がご覧いただけます。本文に絵文字を表示した状態で読むために、Webでの閲覧をおすすめしています。
    ※Webでの閲覧はこちら:http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar1174874

    古川健介『TOKYO INTERNET』第5回なぜ日本が世界共通語「Emoji」を生み出したのか、そしてその影響とは【毎月第2水曜配信】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2017.1.18 vol.772
    http://wakusei2nd.com


    ほぼ日刊惑星開発委員会では毎月第2水曜日に、古川健介さんの連載『TOKYO INTERNET』を配信しています。連載の過去記事はこちらから読むことができます。
    今回のテーマは、日本社会で生まれ世界中に普及した「Emoji」です。この独特の表現形式がどのようにして生まれたのかを、日本語のデザイン特性や表現の歴史から紐解きます。

    絵文字の簡単な歴史を振り返る
    今回のテーマは「絵文字」です。絵文字の普及には日本が大きな影響を与えており、日本が絵文字を生み出した、といっても過言ではありません。
    絵文字の起源には諸説あり、いま使われているような絵文字の原型は、もともとはアメリカの雑誌で使われた顔文字から、という説(※1)や、「:-)」という横から見た時に笑顔に見えるという、英語圏の顔文字が起源だ、という考え方、またJ-PHONEによるメールの絵文字がブームのきっかけだ、など様々なものがあります。
    その中で僕は「デジタルであり若者内に爆発的に普及した」という意味で、絵文字ブームの起源は、ポケベルであり、そこからつながりdocomoの絵文字が、今使われている絵文字のはじまりだと考えています。
    そこで本記事では「日本がなぜ絵文字を生み出せたのか」を考察し、そこから「今後、日本からはどのようなサービスを生み出すポテンシャルがあるのか」を考えていければと思います。
    そもそも絵文字の使われ方とは
    まず絵文字の使われ方を整理したいと思います。絵文字の使われ方は2種類あります。それは
    ・「感情表現としての絵文字」
    ・「意味を持った文字としての絵文字」
    の二つです。
    感情表現としての絵文字は、要は「今日楽しかったね」「おなかすいた」みたいな形であり、文字では表現できない気持ちを付け加えたものです。「!」などと近い使われ方ですね。
    意味を持った文字としての絵文字、とは、簡単にいうと主に名詞としての役割を果たせるということです。「晴れなので車で釣りにでかけたんだけど、財布を忘れて大変だった」という文章を「なのででにでかけたんだけどを忘れて大変だった」みたいな使い方です。絵文字自体に名詞としての意味を持っているので、それで表現できるということですね。
    ちなみにもちろん「I NY」みたいな形で動詞として使うことも可能です。
    すべての始まりは「ハートマーク」だった
    絵文字の初期は、主に感情表現として使用されました。
    ポケベル時代の絵文字が、絵文字文化の起源といいましたが、この時代の実態としては絵文字=ほぼハートマークといってよいでしょう。そして、このハートマークは、ほぼ感情表現として使われたのです。
    ポケベルはせいぜい10文字くらいしか送れない上に、電話機がないとメッセージを送れなかったので、文字数が少なく感情が伝えづらいという問題がありました。10文字といえば、たとえば「ナニシテル?」と送った時に「コレカラゴハン」と返す、そのくらいのやり取りしかできないわけです。
    しかし、そこで「コレカラゴハン」と入れれば、かなりメッセージ性が変わります。感情が入ります。少なくともポジティブな感情を伝えようとしていることがわかるわけです。
    このように、初期の原始的な絵文字は、まずは「!」のような、文字へ感情を補完するために使われていました。男性では、愛を伝える時が主ですが、女性の場合「これおいしいね」のような使い方もされます。しかし、男性がむやみにハートマークを使うと気持ち悪がられることが多いです。
    余談ですが、2006年に、徳島大学の男性教授が女性職員へ送ったメールの文面の末尾にハートマークを付けていた、という理由でセクハラで懲戒戒告されたということがありました。とても痛ましい事件でした。
    そんなポケベルの絵文字、ハートマークですが、あまりに絶大に若者に使われていたため、「ハートマーク事件」というものがおこりました。どのような事件かというと、docomoのポケベルがインフォネクストという端末になったときに、漢字などは使えるがハートマークが廃止されたことをきっかけに、高校生の間では「docomoはハートマーク使えない!」と広まり、ハートマークが使える東京テレメッセージ社のポケベルへ、顧客が移動したのです。私も当時は高校生でありポケベルを持っていましたが一瞬にして「docomoはダメ」という風潮が急激に広まったことを記憶しています。
    絵文字たった一つで、顧客が大量に移動するほどの力を持っていた、ということを象徴する出来事でした。そして、これがdocomoのiモードで絵文字が生まれるきっかけとなったともいえます。以下は、docomoの絵文字の生みの親と呼ばれる栗田穣崇氏の発言です。

    ドコモのポケベルがインフォネクストになってハートマークが送れなくなった途端、女子高生が大量にドコモからテレメッセージに乗り換えたのを目の当たりにしたのがiモードで絵文字を開発した最大の動機なので、ハートマークには足を向けて眠れない。
    ― 栗田穣崇Shigetaka Kurita (@sigekun) 2015年11月4日
    iモードで、176種類の絵文字の中で、ハートの絵文字が4種類も用意されてたのはハートマーク事件があったからです。今の絵文字でも、ハートマークが多いのはこの名残ですね。
    そんなハートマークといったような、語尾につけて、簡単に感情を示す、という原始的な絵文字の使い方から始まった絵文字ですが、iモード時代に入ると、絵文字の種類がドッと増えます。176種類になりました。前述の、栗田氏による開発ストーリーはすでに伝説になっているほどです。
    絵文字が増えると、様々な表現が可能になります。たとえば、「今日、持っていっていないよね?で迎えにいこうか?」みたいな使われ方が可能になります。つまり「傘」を「」と表現できるということですね。
    この時から、絵が文字になる、という、文字としての絵文字が本格的にスタートしたといってよいでしょう。もちろん、「今日楽しかったね」のように、感情表現として使われることも引き続き使われていきます。
    ここまでをまとめると
    ・ポケベルでハートマークなどが使えるようになり、感情表現として若者が使い始める
    ・iモード時代には感情表現だけではなく、意味のある文字としても使われるようになる
    ・現在の絵文字は、感情表現と意味のある文字としての2つの側面がある
    ということになります。(※2)
    世界への普及、そしてemojiへ
    そんな絵文字が世界へ普及したのは以下の2点が大きくありました。
    一つはGoogleによるUnicode化、です。
    Googleの開発者が、日本の携帯電話から始まった絵文字に感銘を受け、2007年から開発を始めて、絵文字をUnicodeへ採用したのです。
    Unicodeとは、「符号化文字集合や文字符号化方式などを定めた、文字コードの業界規格である。(Wikipedia)」のことです。2010年には、Unicode 6.0として採用されました。なぜUnicodeが重要かというと、業界規格に入ることで、世界的に「文字として利用できるようになった」ということなのです。日本人からしてみると、絵文字はずいぶん前からある気がしますが、世界的に見ると、割と最近ということですね。
    そして、iOSでは、2011年5月に標準キーボードに絵文字が搭載されました。それにより、世界中のiPhoneユーザーが絵文字に出会うことになるのです。
    日本のガラパゴス文化だった「絵文字」は、ITにおけるGoogleとAppleという超巨大グローバル企業によって、世界で使われる「emoji」になったといえるでしょう。日本のdocomoで絵文字が作られた時は、日本内にある共通のコンテキストを利用していたため、Unicodeへの採用に関しては、いろいろな議論もあったのですが、複数の日本人による尽力によって、日本の絵文字の雰囲気を損なわないまま、国際基準になったという背景もあります。
    「emoji」は日本語の絵文字をそのまま呼んだのですが、おそらく、Emotionalという意味に見える「Emo」が入っており、また「e-mail」などの「e」から始まることからも、外国人にも理解しやすかったからなのでは・・・と思っています。(実際に、emojiを「イーモジ」と発音する人も多いそうです)。
    そんなこんなで、「emoji」は世界中に爆発的に広がりました。2015年では英オックスフォード辞書の今年の言葉に「うれし泣き」が選ばれるほどです(※3)。イギリスの言語学者によると、文字の広がり方としては、歴史上最速といわれています(※4)。
    政治レベルでもemojiは活用されています。オバマ大統領が日本文化の例として「カラテ、カラオケ、マンガ、アニメ、そして絵文字」とあげたりなど、絵文字は世界的に有名な日本文化となりました。オバマ大統領はアメリカの現状を絵文字で演説する「State of the Union in emoji」というコンテンツを作っています。これはミレニアル世代と呼ばれる若者に興味を持ってもらうための施策と思われます。

    State of the Union in emoji | US news | The Guardian
    アメリカ以外でもよく使われています。ちなみにQuartzの記事によると、Instagram上で絵文字をもっとも使っている国はFinlandらしく、日本は8位でした。意外ですね。

    The most emoji-crazed countries
    そのフィンランドは、自国ではじめてマーケティングのために、政府が絵文字を作って公表していたりして、なかなかにおもしろいことをしています。

    Finland Emojis - thisisFINLAND
    そんな感じで、世界中のあらゆるところでemojiが使われているわけです。Twitterの調査によると、2015年の1年間で60億回使われたというデータもあります。
    日本人からしてみたら、絵文字のブームはもうはるか昔に終わり、あまり多用するものではなくなって来ているという感覚ではないでしょうか。「明日はだからでデートしよ」とか来たら、正直、ちょっとやりすぎて気持ち悪いくらいの感覚です。しかし、世界で見ると、まだまだ新鮮な文化であり、ブームの最中という感じなのかもしれません。
    さて、なぜ日本からこのように、世界最速で普及する文字である「emoji」が生まれたのしょうか。ここから、仮説を考えていきたいと思います。
    仮説1:異物を取り込める日本語のデザイン
    仮説の1つ目は、「日本語の性質上、異物を入れても文章が読みやすい」というものです。
    もともと、日本には文字というものがありませんでした。音声のよる日本語があり、一方で海外(中国)からは漢語が入ってきていたわけです。

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    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201701
     
  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第16回「アートによって、世界の境界をとりはらいたい!」【毎月第1水曜配信】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.767 ☆

    2017-01-11 07:00  
    540pt

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    猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第16回「アートによって、世界の境界をとりはらいたい!」【毎月第1水曜配信】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2017.1.11 vol.767
    http://wakusei2nd.com


    今朝のメルマガは、チームラボ代表・猪子寿之さんによる連載『猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉』の第16回です。今回のテーマは、今年1月25日からロンドンで開催される個展「teamLab:Transcending Boundaries」について。そこで発表される、スクリーントーンに着想を得た新作と鳥山明の意外な関係とは? そして「境界のない世界」をテーマにしたアートを、いまこのタイミングにロンドンで発表することの意味について、語っていただきました。
    ▼プロフィール
    猪子寿之(いのこ・としゆき)

    1977年生まれ。2001年東京大学計数工学科卒業時にチームラボ設立。チームラボは、様々な分野のスペシャリストから構成されているウルトラテクノロジスト集団。アート、サイエンス、テクノロジー、クリエイティビティの境界を越えて、集団的創造をコンセプトに活動している。
    47万人が訪れた「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」などアート展を国内外で開催。他、「ミラノ万博2015」の日本館、ロンドン「Saatchi Gallery」、パリ「Maison & Objet」、5時間待ち以上となった「DMM.プラネッツ Art by teamLab」など。2月からシリコンバレー、イスタンブールでの個展を開催中。また3月からシンガポール、8月から韓国で巨大な常設展開催中。今後、ロンドンや北京、台湾などで開催予定。

    http://www.team-lab.net
    ◎構成:稲葉ほたて
    本メルマガで連載中の『猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉』配信記事一覧はこちらのリンクから。

    前回:猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉第15回「アートの力で、歴史に人間をつなげたい!」

    ◼ロンドンで開催する「境界のない」展示会
    猪子 今年の1月25日から3月11日にかけて、ロンドンで「teamLab: Transcending Boundaries」という展示をやるんだけど、今日はその話をしたいんだよね。去年、同じタイトルの個展を表参道でやったんだけど、今回はクオリティもだいぶ上げて、もっと「境界のない世界」というテーマを強く押し出したものになってる。たくさん作品があるんだけど、その作品の間には境界がないの。

    ▲チームラボは、2017年1月25日から3月11日まで、PACE LONDONにて「teamLab: Transcending Boundaries」を開催。
    宇野 これは以前に表参道で展示した作品のアップデート? あの作品の境界を無視して……。
    猪子 そう! 作品同士の間を、容赦なく蝶が行き来するんだよ(笑)。たとえば、人がいると、そこに花が咲いていく作品があるんだけど、花が咲いたら蝶が集まってきたり、そこに水の作品が流れてくれば花が散ったりしていく。蝶と花と水の作品、それからディスプレイのいくつかの作品が、それぞれ独立しつつ、境界が曖昧な世界になってるんだよ。
    宇野 展覧会全体としては、どんなものがあるの?
    猪子 会場には部屋が三つあって、いま語ったような作品たちが展示してあるメインの部屋と、二つめは、『Dark Waves』という作品の部屋、そして三つめに『Flowers Bloom on People』という作品を展示した部屋がある。
    表参道で実験的に展示した作品をだいぶアップグレードした『Flowers Bloom on People』は、空間には何もない真っ暗な部屋なんだけど、人が部屋に入ってじっとしていると、人の体に花が咲いていき、やがては足元の床に広がっていく。近くに別の人がいると足元の花々が他の人々の花々とが繋がっていくんだ。

    ▲『Flowers Bloom on People』
    宇野 今回は、他者と繋がるようになってるんだね。
    猪子 そして、シリコンバレーで展示した『Black Waves』の新しいシリーズである『Dark Waves』。これは暗い波をあらわした作品なんだけど、今、イギリスは世界に対して再び境界をつくろうとしてるから、太古からの境界の象徴として、海の作品を展示した。

    ▲『Dark Waves』

    https://www.youtube.com/watch?v=8F8x_kbAaDI
    猪子 最後に、メインの部屋では『境界のない群蝶、儚い命』、『憑依する滝、Transcending Boundaries』、『花と人、Transcending Boundaries - A Whole Year per Hour』、『円相』、『The Void』、『Impermanent Life』という、全く違うコンセプトの作品たちが同じ空間に展示されている。それぞれ独立しているけれども、それぞれの作品の境界が曖昧になっているんだよ。

    ▲『境界のない群蝶、儚い命』

    ▲『憑依する滝、Transcending Boundaries』

    ▲『花と人、Transcending Boundaries - A Whole Year per Hour』

    ▲『円相』

    ▲『The Void』
    ◼スクリーントーンの概念を更新!? 新作での試み
    猪子 全く新しい作品もやるんだよね。ただこれ、超マニアックなビジュアル実験としてつくったものなんだ(笑)。

    ▲『Impermanent Life』

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