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めんどな話になりますが…|松永 和紀

どんなコラム?
職業は科学ライターだけど、毎日お買い物をし、家族の食事を作る生活者、消費者でもあります。多角的な視点で食の課題に迫ります
プロフィール
京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

水素水、「ニセ科学」と切り捨ててはいけないが、エビデンスありとは言い難い

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2016年6月1日

 水素水が話題です。店頭にはたくさんの製品があり、大手企業も販売。一方で、産経新聞などメディアが異論を呈しています。

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BuzzFeed Japan・過熱する「水素水」ビジネス うっかりニセ科学にだまされないために

 産経新聞に対しては、太田成男・日本医科大教授が自身のウェブサイトで反論しています。

 私は、あまたある製品の科学的根拠はないに等しいと思いますが、議論がかなり迷走しているように思いますので、整理してみたいと思います。

●水素水に関する学術論文は、結構ある

 そもそも水素水とはなにか? この定義が、大混乱です。現在話題なのは、水素分子、つまり水素ガス(H2)が水に溶け込んだもの。製法は主に三つで、(1)水を電気分解した時の陰極側の水(水はアルカリ性であり、水素が発生して溶け込んでいる)、(2)マグネシウムなどの金属を水に溶かして水素を発生させている、(3)工場で、水素ガスを無理矢理水に溶かし込んで容器に詰め密封している…です。

 これらの情報はなにを基にしたかというと、日本生化学会の邦文誌「生化学」第87巻第1号(2015)に太田成男・日本医科大学教授が執筆した「水素医学の創始、展開、今後の可能性:広範な疾患に対する分子状水素の予防ならびに治療の臨床応用へ向かって」と、学術誌Medical Gas Research 5:12(2015)に掲載された総説、「Beneficial biological effects and the underlying mechanisms of molecular hydrogen – comprehensive review of 321 original articles -」です(以下、総説1と書きます)。

 後者の第一執筆者は市原正智・中部大学教授で、問い合わせ先としてメールアドレスが記載されているのは、名古屋大医学部の大野欽司教授です。要するに、水素水は学術的な基礎がまったくないわけではないのです。後者の総説は、オープンアクセスで、ダウンロードして読めます。

 今回は、この総説を基にし、今年、International Journal of Clinical Medicine 7:1に発表されたもう一つの総説「Clinical Effects of Hydrogen Administration: From Animal and Human Diseases to Exercise Medicine」も参考にして記事を書くことにします。こちらは、第一執筆者は米国の研究者ですが、太田成男・日本医大教授も執筆者として加わっています。これもオープンアクセスで、だれでもダウンロードできます(以下、総説2と書きます)。

 ああ面倒くさい。原稿の根拠となる総説を紹介するだけでも、長々字数をとります。このあたりが、この問題のややこしいところなのです。
 
 ともかく、話を進めましょう。

●水素ガスが、体内の活性酸素種と反応?

 太田教授らは、水素ガスが細胞中の活性酸素種を消去することを細胞実験で突き止め、水素ガスをラットに吸入させると脳の傷害が緩和されることも確認し、2007年にNature medicineに発表しました。当初は、水素ガスをガスのまま、細胞や動物等に与えて影響をみる試験が行われていましたが、設備が必要でコストがかかります。そこで、水に水素ガスを溶かし込んで口から摂取する方法により、多くの試験が行われるようになりました。

 総説1によれば、水素ガスの作用、メカニズムについて、2007年から2015年6月までで321のオリジナルの論文が発表されています。
 それにより、水素ガスが人体にさまざまな良い影響をもたらすことがわかってきた、と太田教授や総説1,2は主張します。

 水素ガスが細胞中で、活性酸素種のヒドロキシラジカル(・OH)と反応し消去し、いわゆる「抗酸化作用」を及ぼす、というのが、メインの仮説。それだけでなく、さまざまなシステムの未知の調節系にも作用し、抗炎症、抗アレルギー等、広い生理作用を持つことが期待される、というのです。

 たしかに、水素ガスを吸入して、というなら、細胞に届きやすく、作用するかもしれないなあ、と思います。が、水に溶かした水素ガスが、消化を経て体内に吸収され……というところで、「水素ガスとしてどれくらい、体内の作用すべき細胞に届いているの?」と疑問がわき起こります。

 というのも、水素ガスはあまり水に溶けません。常温常圧では、高くても約1.6ppmが限度。つまり、水1グラムに水素ガスが最大1.6マイクログラム程度しか溶けないのです。
 (1)の電気分解の場合には、現在の製造装置では0.3-0.5ppm程度の濃度の水素水しかできない、との報告があります。実はこれ、産経新聞が書いている通り、「アルカリイオン水」の製法と同じです。

 しかし、総説1や2で取り上げられている論文で用いられている水素水の多くは、2)や3)によるもの。3)の方法により無理矢理水素を充填し7ppmの水素水を作って飲ませた、というような論文もあります。
 このあたりが、太田教授が自身のウェブサイトで、産経新聞について誤認記事と憤る所以です。「水素ガスは卓効あり」と主張する陣営のいう水素水と、アルカリイオン水という名の水素水では、濃度が異なるのです。

●人での二重盲検試験の結果は、10報しかない

 次に、321のオリジナル論文の内訳をシビアにみる必要があります。これらのかなりのものは、細胞や動物を用いた実験結果です。総説1によれば、人での臨床試験の数は19しかありません。しかも、水素ガスとして吸入させたものや、透析によるものなど、水素水以外の摂取方法が混じっていますので、それらも除く必要があります。

 さらにオープンラベルの試験も除きます。容器に水素水と書かれ、飲んでいる人がわかって摂取する場合には、プラセボ効果がありますので、人での根拠とはなり得ません。

 医薬品や特定保健用食品、機能性表示食品でその効果効能、機能性が認められるには、二重盲検の介入試験が必要です。そこで、水素水を摂取する二重盲検の試験を調べると、わずか9報しかないのです。

 これは少ない。そのうち、統計的に有意な差が出ているのは8報。見出されている効果は、LDLコレステロールや耐糖能改善、筋疲労の改善、抗酸化ストレスの低減、パーキンソン病の症状改善等、悪性肝腫瘍で放射線治療を受けている患者のQOLスコアの改善等、多岐にわたります。残念ながら、どれも参加者が数十人のごく小規模で信頼性が著しく低い試験結果でしかありません。

 総説1は、2015年6月までにUMINに登録されている臨床試験も表にしています。19あり、既に終了しているのが6。論文発表されているのは3。そのうち統計的に有意な効果を示したのは2です。

 結果が発表されていない3試験は、一番新しいものでも2014年2月には終了しているのですが、不明のままです。こうした臨床試験は往々にして、芳しい結果が出ないと論文にならず結果が公表されません。
 結局、終わった6つの臨床試験のうち、論文発表され有効なのは2つというのが、判断の目安となります。

 臨床試験進行中は3、準備中1、参加者募集中が9です。

●人での作用メカニズムは、不明

 もう一つ、残念なことに、人での作用メカニズムについての研究が圧倒的に不足しています。臨床試験で「効く」という結果はわずかにあるにせよ、「なぜならば……」という点、つまり、胃に入った水素ガスのうちどれくらいが体内に吸収され、どのような経路で臓器等の細胞に到着してどこに作用するのか、まったく不明と言って良く、仮説の提唱にとどまっています。

 以上から言えること。まだ、エビデンスと明確に言えるようなものはない、と私は判断します。アルカリイオン水のような薄い水素水とは一線を画した“濃い水素水”であっても、効果、機能性について、可能性は否定しませんが、別の研究者による追試の結果も示されておらず、「まだわからない」が、私の結論です。

 ちなみに、ちまたには水素水について、「体重が減る」「肌にはりが出る」など、さまざまな宣伝文句が躍っていますが、論文に拠る限り、そのような効果は報告されていませんので、このあたりは「ニセ科学」でしょう。

 さらに、店頭やインターネットにあふれる製品については、その濃度に気をつける必要があります。高濃度を売りにする製品が多くありますが、水素ガスが水に溶解するのは、常温常圧で最大1.6ppm程度なのですから、密封容器を開封した瞬間から、水素ガスは逃げて行きます。
 水素ガスは、ペットボトルは通過してしまいますので、容器の密封のレベルも重要。市販品を用いて体に高濃度の水素水を送り込むのは、かなり難しいのではないでしょうか。

 そもそも、保健機能食品以外の食品は、効果・効能、機能性を広告・表示したら法律違反です。
 大手飲料販売企業で、機能性等はまったくうたわずに水素水を販売しているところがありますが、これは世間の「効くんだって」という雰囲気に乗じて販売しているわけで、企業倫理上、許されることではない、と私は思います。

●国民生活センター、消費者庁も注意

 また、国民生活センターが2016年3月、水道水を電気分解して水素を発生させる装置二つについて、「活性酸素の一種を抑制する水をつくるとうたった装置−飲用による効果を表したものではありません−」と発表しています。

 装置を販売する事業者は、「この水を飲んだら、体内でヒドロキシラジカルを抑制する」とは広告していないと主張しているそうです。水中のヒドロキシラジカルを消去しているだけ。しかも、それも怪しいことを、センターは調査により示しています。

 しかし、国民生活センターによれば、購入者は「水素が体内の活性酸素と結び付いて体外に排出するというシステムらしい」などと理解しており、各地の消費生活センター等に寄せられた200件あまりの相談件数の約7割が10-50万円で装置を購入しています。

 消費者庁も同じ3月、(株)ナチュラリープラスを特定商取引法第39条第1項違反とし、新規勧誘等を9カ月間停止する行政処分を執行しました。いわゆるマルチ商法を行っていました。この企業が販売していたのが健康食品のサプリメントと水素水。「1か月飲み続けるとどんな病気でも良くなる。元気になる」「がんにも効く」 などと客に伝えていました。水素水については、「業界トップの水素溶存2.6ppm」などと、宣伝していました。消費者庁は、効能効果が実際には認められていないにもかかわらず不実のことを告げていた「不実告知」だ、と判断しています。

 以上が、水素水についての私の現時点での整理です。その研究自体をニセ科学とは言いたくない。でも、製品は千差万別。水素ガスはそれほど含まれないはずなのに、効果・効能を主張するのは、根拠のないニセ科学です。そして、詐欺に等しい製品も目立ちます。

 太田教授らの言う“水素水”であっても、まだエビデンスというにはほど遠い(もっとも、たった一つの小規模な臨床試験の結果を根拠に、機能性表示ができる昨今ではありますが…)。もっと根拠を積み上げて、堂々と医薬品や保健機能食品として販売にこぎ着けるのが、まっとうな科学の姿だと私は思います。

(5月19日に発行した有料会員向けメールマガジン第250号の内容を、若干修正して掲載しています)

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