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エンタメ・フロントライン/2017年08月31日 14:10
大林監督の平和への思い 虚構の中に真実描く映画
平和への思いを語る大林宣彦監督
 

 映画監督の大林宣彦さんに、今年の終戦記念日を前に同僚の記者がインタビューさせてもらった。肺がんで闘病中だと明らかにしている大林監督。どうしても語っておきたいことがあったのだろう。「映画という道具を使って、人間の夢を、理想を手繰り寄せたい」などと、平和や「非戦」への思いをたっぷり聞かせてくれたという。10代の頃から大林映画に親しんだ身としては、記事を読んで感慨を覚えた。

 大林監督は「この空の花 長岡花火物語」(2012年)、「野のなななのか」(14年)といった近年の映画で、太平洋戦争で犠牲になった人々の無念と、生き残った者の祈りを描いている。米軍による空襲やソ連兵がサハリンに進攻した場面などでは表現に工夫を凝らし、現在と過去、生きている人間とこの世にいない人が同居する物語は、監督の真骨頂だと思った。

 インタビューでは、映画で戦争を描くことについてこんなふうに語っている。「残酷に描いた方が、恐ろしさが伝わるから平和につながると思うかもしれませんが、それは安易。現実の世の中はあまりに絶望的だから、うそを言ってみよう(というのが映画)。でも、その、夢見たり願ったりする中に『真実』がある。虚構の真実の中に希望が見えると、人はやっぱりその真実を信じて生き始めるんです」。ファンタジーを含め、虚構の世界を物語る映画の可能性を伝える言葉に、また一つ教えてもらった気がした。

 思えば、1980年代の尾道3部作をはじめ大林監督の映画は「虚構の中の真実」へと連れて行ってくれた。「転校生」では思春期の男女の体が入れ替わり、「時をかける少女」はタイムトラベルを、「さびしんぼう」は男子高校生の初恋と失恋の切なさを少女時代の母親を登場させて描いた。「異人たちとの夏」では、中年の男が死んだはずの両親と“再会”する。物語に引きずり込まれ、独特の世界に没入したものだ。

 この夏、1人暮らしの親の様子を見るため帰省した。わが故郷は、商店街のあちこちでシャッターが下ろされたままで、中心部にあるショッピングセンターも人影はまばらだ。これまで目を背けてきた光景だったが、なぜだか、急にいとおしさにも似た感情がこみ上げてきた。インタビュー記事を読み、大林映画を思い返したことが、心境に変化をもたらしてくれたのかもしれない。観客の心の奥深くに届き、個人の体験と結び付いていくのも大林映画の持つ力でもある。

 監督は出身地の尾道(広島県)だけでなく、柳川(福岡県)、小樽(北海道)、臼杵(大分県)、長岡(新潟県)といった街の表情を映画の中に写し込んできた。東京の下町を舞台にした作品もある。どんな街にも魅力を感じさせるのは、監督が何げない風景にも愛情を抱いて映画を作るからだろう。人や街を慈しむ大林監督の愛と、平和を願う切なる思いはつながっているに違いない。

 一時は余命宣告まで受けた大林監督だが、治療の効果も表れているという。今年冬には、映画作りの集大成と位置付ける新作「花筺」が公開される予定だ。さらに新しい物語を作り、見る人の想像力をかき立てながら「真実」へといざなってもらいたいと願っている。(共同通信文化部記者・伊奈淳)