先輩達が卒業し、潰れかかっていた時瀬高校・箏曲部。ただ一人の部員となってしまった武蔵(たけぞう)だが、そこに不良の愛(ちか)や箏の天才であるさとわ、実康ら3バカが入部したことで状況は一変。時瀬箏曲部は全国大会を目指し始める!!
—林さん、こちらの話を推す!理由は何でしょうか?
林 この話が、初めてお客さんにガン!って届いたかなっていう。手応えがあったんですよね。第1話も好きで、そっちも丁寧に作られている話なんですけど…。この8話が、第1話から積み上げてきた愛(ちか)達の想いが綺麗に昇華したというか。好きですねー。1番ですかね。
—この第8話で、やっと部活としての形が出来た気がします。しかも演奏の結果も出して、廃部を免れるっていう素敵なエピソードですね。
林 そうですねー。愛の「なぁ」っていう場面も大好きで。この回が出来た時に、ああ、まだ連載を続けていられるかも知れないって思いました。
—それまでって大変だったんですか…?
林 ジャンプSQ.って、新人作家さんの生き残りがなかなか難しくて…。新人が残れないってイメージがつかないのもヤだなぁって考えていたんです。なんで、ベテランの方に負けない面白い話をどんどん提供して、人気を取っていかなくちゃいけないな、っていう危機感を普段以上に思っていましたねー。
—アミュー先生って、ジャンプSQ.からデビューされた方でしたっけ?
林 “連載”は初めてなんすよ。
—“連載”?
林 アミュー先生はもともと、少女誌のりぼんで執筆されていた作家さんなんです。
—ええ、そうだったんですか!
林 デビュー作を含めると、りぼんで読切を7本描かれてるんですけど、なかなか連載には至らないっていう状況が続いていたんです。というのもアミュー先生は、昔から箏の漫画で連載したいという気持ちがあったそうなのですが…、雑誌のテーマや、当時の先生の表現力や、作家としての状況とうまくマッチしなかったみたいなんです。
—その状況で、どうして出会われたんですか?
林 アミュー先生は、描きたいと思っている「箏」というテーマで勝負できる雑誌を見つけるために、いろんな雑誌に持ち込みに行ってたんです。でも、他社でも「力はあるけど箏はちょっと」みたいに感触が良くなかったらしくて…。そのうちSQ.に辿り着いて、僕が作品を見せていただく機会があって…という繋がりですね。
—どうしてそこまで、アミュー先生は箏にこだわってらっしゃるんですか?
林 アミュー先生ご自身が箏をやってらっしゃった方なんですよ。お母様が教師で、お姉様がプロの箏奏者で。
—もともと箏をご存知だったんですね!
林 ご自身も全日本3位の腕前で。
—え!!!?
林 そうなんですよ(笑)。本人は「私は全然うまくない」って言ってるんですけどね。…でも箏の漫画はいつか描きたいって、小さい頃から思っていたらしくて。
—へええ…。気持ちと知識を活かせるテーマが、箏だったんですね…。
林 ただ、最初の持ち込みを拝見させたいただいた時は、熱意が迸るネームではあったのですが、すぐに連載を始められる形にはなっていなかったです。1回ゆっくりやりましょうか、って話をしたんです。そして『5×100』っていう陸上部のマンガや、『ミリオンスマイルズ』っていう教師青春物語の読切を描いて。連載経験もないので、平行して遠藤達哉先生のアシスタントにも入って修行していただいて。
—おお、遠藤達哉先生!
林 それで2年程経って、やっと学校を舞台に、箏というテーマで勝負できる状況が整ったんですよ。
—他誌の編集さんが箏というテーマに難色を示す中、林さんはどうして箏でもいい、と判断されたんですか?
林 箏漫画って、未だかつて聞いたことがないじゃないですか。
—ない…です、ねぇ(笑)。
林 僕は新しいもの好きなんで(笑)。『曇天・プリズム・ソーラーカー』っていうソーラーカー漫画も担当してました。“やった事のないものが面白い”って思ってます。うまくいくかどうかは別として、なるべくやったことないものはやってみましょうと。
—なるほど…。
林 しかもアミュー先生は少女誌の絵柄だったのですが、SQ.で読切を重ねて、少しづつ少年誌の絵柄に寄せていただけているので、結果としてSQ.にいない毛色の画風なんですよね。SQ.ってかつて神尾葉子先生や新條まゆ先生も連載されていたりと、少女漫画出身の作家さんを許容する土壌もあるんで、ならば少女誌出身の新人さんでもお客さんは受け入れてくれるんじゃないかなと。
—それでようやく『この音とまれ!』の連載が始まったんですね。
林 はい。ただ、それでもやっぱり箏って、「音楽」かつ「和楽器」っていう難しいテーマなので。“箏の知識全力ドン!”じゃなくて、箏を全然わかんないお客さんでもわかるような作品にしていきましょう、とは打合せをしていました。
—林さんご自身の話なんですが、箏についてはご存知なかったんですか?
林 はい。素人ですね。先生からは「林さんは知らないままでいいです。勉強しなくていいですよ」って言われてました(笑)。
—先生は、素人の客観的な意見を求めているんですかね(笑)。
林 はい。なので、連載4か月くらいの頃に箏の工房へ取材に行ったんですけど。箏に触れるのはその時が初めてでしたねー。アミュー先生は面白がって、僕が入門編の曲をたどたどしく弾いてるさまを、ひたすら動画で撮ってて…。
—はははは(笑)
林 初心者なんで爪の付け方も分かんなくて。「そんなところでつまづくんですね」って言われて(笑)。
—新鮮だったんですかね。先生が“箏を知らない感覚”から遠ざかっているから。
林 遠ざかっていたというか、生まれた時から箏があるようなご家庭ですからねー。
—林さんはでも、わからなくて困っていることはないんですか?
林 そんなにないですねー。…ああ、でもある一件で、「僕は絶対に気づけません」って、先生に言ったことはあります(笑)。
—それは何ですか?
林 気づく人って殆どいないと思うんですけど…箏柱(ことじ)がぜんぶ正しいんですよ。
—箏柱?ですか?
林 箏柱は、箏の音を調整する道具ですね。これとか殆ど先生ご自身が描いてるんですけど、位置が全部正しいらしいんですよね。
—間違っていたとしてもぜんぜんわからない…。
林 僕もです。経験者でないとわからないでしょうね。でも先生はミスのないよう描いてらっしゃるので、プロの方が見ても殆ど嘘のない箏漫画なんですよ。音の表現って漫画では難しいので、せめて事実はちゃんと描ききる、というか。
—漫画じゃ音は聴こえないですからね。
林 相当難しいんだろうなーって。例えば『のだめカンタービレ』や他の音楽漫画を読んで、何が正解なんだろうねって話したりとか。新しい曲を描くたびに新しい曲を描くたびに模索してらっしゃいます。僕はいつも期待値あげてるだけ。「次はどんな演出をしてくれるんですか?」みたいに、プレッシャーかけちゃったり(笑)。
—『この音とまれ!』と言えば、以前YouTubeで動画を上げていませんでしたっけ。
林 はい。作中曲の「龍星群」を、実際にアミュー先生のお姉様に作曲していただいて。
—あの曲って、オリジナルだったんですか!
林 そうですよ。その曲をプロの方に演奏していただくいう企画をやったんですけど。その動画ですね。やったことのない仕事だったんで楽しかったですねー。2014年の7月4日にコミックス6巻が発売されるんですけど、いろんな人に弾いてもらおうと思って、これを載せようと思ってて。
—これは…。
林 「龍星群」の糸譜ですね。
—はああ〜!凄い!!
林 “この音とまれ!龍星群コンクール”を企画してるんですよ。いわゆる弾いてみた大会ですね。
—でも箏って、持ってる人少なくないですか?
林 そう思って、五線譜も作ってるんですよ。ピアノで弾いていただいても、歌っていただいても、ボーカロイドで作っていただいても構わないかな、って。
—親切!
林 いやぁ、和楽器界ってそんなに大きくないんで…。箏を知らない人たちもたくさん巻き込みたいかなって。そうやってお客さんに曲そのものに触れてもらって、いずれは箏の大会で弾いてもらったら嬉しいなーって思ってます。
—このマンガで箏ブームが起きたらいいですよね。
林 実は「龍星群」だけじゃなく、もう1曲作ってるんですよ。「久遠(くおん)」っていう、ちょうどいまSQ.本誌で主人公たちが練習してる曲なんですけど。それも実は同じ日に収録してます。作中で弾ききった時に…たぶん2014年秋ごろ頃のSQ.連載の中だと思うんですけど。その頃に公開したいなって思ってますね。
—楽しみです…。
林 プロモーションで面白いことが出来る作品なんで、楽しいですねー。大好きな作品ですし、いい作品だし…もっと売れて欲しい…売れて欲しいんですよね(笑)。
—編集者の切なる願い(笑)。
林 文部科学省の何か変わって、義務教育で和楽器にも必ず触れよう、みたいな事になったらしいんですよ(注:中学校学習指導要領の「第5節 音楽」に、“和楽器の指導については,3学年間を通じて1種類以上の楽器の表現活動を通して,生徒が我が国や郷土の伝統音楽のよさを味わうことができるよう工夫すること。”とある。平成24年度入学生から、この新学習指導要領が実施されている)。これで箏人口増えて欲しいんですけどね…。教育に取り入れられてから、ダンスも少し流行ってますし…。ダンスの前に、日本古来の楽器でしょ!っていうのは素直に思うんですけど。
—大きさだったり価格だったり…もう少し身近な楽器だったらいいんですけどね。
林 もっと学校に置いてくれたらいいのに…。
—でも、いざ箏を前にしても、何もできなさそうです。それこそ3バカみたいに(笑)。
林 単純な曲はきっと弾けますよ。頑張れば。きっと(笑)。
—挑戦した時に、どれくらい苦労しました?
林 僕はそんなしっかり弾こうとしたわけではないので…。TVの『サキ読みジャンBANG!』でアメザリさんとアッキーナさんにやっていただいた時は、2時間くらいの練習で…いきものがかりさんの曲でしたが、ワンフレーズちゃんと演奏になったんですよ。もちろんマンツーで先生に付いて頂いたのですが。
—ハードル高すぎる楽器ではないんだってのが、証明されたんですね。
林 それこそYouTubeにある「龍星群」は、“主人公たちこんな難しい曲弾いたのか”っていうコメントが見られましたけど…。まあ、彼らの練習量は1時間どころじゃなく、朝晩毎日ですからね。
—YouTubeの演奏は凄いですね…。
林 ここまで弾けるためには相当な練習が要るとは思いますが…。
—知識がないと…。
林 さすがにちょっと弾いてみたいな、とは思っていますけどね。箏を。
—買うんですか!?
林 まあ、借りるか…。会社に置こうとは思っているんですよね。
—家には置かないんですか?
林 いや、家ではリラックスしたいなぁ、って…。あるとやっぱ、仕事のことを思い出して緊張しちゃうんで。会社だったら怒られないだろうと。怒られるかな(笑)。
—土日に練習されると怖そうですけどね。誰もいないはずの会議室から箏の音がギャアアア的な。
林 怖いですね(笑)。
—素朴な疑問なんですが、箏ってどこへ行ったら弾けるんですか?興味あっても、ギターみたいにメジャーじゃないので、持ってる友だちはいませんし…。
林 和楽器店とか、お箏教室とか…かな。やっぱり昔ほど置いているお店はないらしいんですけどね。
—愛みたいに親族が箏職人とか、レアケースですもんね。さとわみたく家元、っていうのも相当レアですけど。
林 ちなみにこのマンガ。しょっぱなは愛が主人公じゃなかったんですよね。
—えっ!?
林 さとわです。
—さとわだったんですか!
林 連載ネーム1回目で編集部から「でも暗い!」って言われたんですよね。「重たすぎる!」って。結局、さとわの重たい話は作品の核としてちゃんと今でも使ってるんですけど。確かに箏って言う題材で最初から暗かったら誰も入ってきてくれないよねって納得して。いろんなパターンを模索して、いまの愛っていうキャラクターが出てきた感じですかね。
—愛で良かったんですね。
林 そうなんです、結果明るくなりました。なので、まださとわのことって横に置いてるというか、何も解決してないんですよ。ご家族との確執っていうんですかね。
—さとわが家元を破門になったっていう話は、4巻でやっと出てきました。
林 この愛のリアクションって好きですね「はもんって何だ?」って(笑)。そんなんどうでもいいだろ、っていう。明るさは救いなんだろうって思いますね。さとわにとっては重くても、周囲から見たらそうでもないっていう。
—一人で悩んでいるさとわが、仲間のおかげで救われていくさまは、読んでいて温かい気持ちになれます。
林 3巻の一番最後のシーンも好きですよ。回想のシーンなんですけど、このダーンって弾いてるとこ…。
—お母様への気持ちを、演奏で表現したシーンですね。でもこれ、だいぶ重い…。
林 「うおーー!」って思いました。いい!って。お母様に伝えたかったんですよね。何言っても伝わんないから演奏で「伝われーーーー!」って。でもこれだけおもいっきり弾いても伝わらなかった。っていうこの絶望ね。「あなたの箏はまるで凶器だわ」って言われた時の彼女の悲しさを想像するとね、つらいですよね。さとわにまつわる、悲しいのとか切ないのって好きなんですよね。編集として良くないことだと思いますけど(笑)。意外と好きだから困っちゃうんですよね。
—さとわとお母様の、和解の日は来るんでしょうか?
林 いつか再会すると思うんですよね。お母様ときっと。そのへんの話は、まだ先生と全然話してないですけど。どんな風に向き合うのかは、今から楽しみですね。
—このインタビューが公開されるのは、2014年の7月4日なんですけど、コミックス6巻と一緒にSQ.も発売されますよね。なにか告知はありますか?
林 まず本誌はセンターカラーです。ちょっと箏を外して、夏の部活動っぽさを出しました。あとコミックスも6巻からがらっと変えましたね。今まで白バック+キャラだったんですけど、5巻で部員全員を表紙にし終えちゃったんで、イメージ変えていこうと先生と話して。
—確かにイメージ変わりましたね!
林 あと、7月21日に池袋アニメイトさんで、サイン会兼ミニライブやるんですよ。
—先生いらっしゃるんですね!
林 サイン会だけですけどね。基本的に顔出しNGの方なんでムチャはさせられないので…というか本当は先生を、あの手この手で人前に出そうとして、ぜんぶ断られているだけなんですけど(笑)。
—オファーは出してるんですね、いろいろ…。
林 そうなんです(笑)。あと7月は一週間、「ジャンプLIVE」で毎日一話の試し読みもやります。たまたまなんですけど、今回推した第8話の直前、第7話まで読めます。コミックス2巻分ですよ。いろんな人にこの作品を知ってもらいたいんで、思い切りました
—ほんと、いろんなプロモーションやってますね林さん。
林 全国俸楽器商工業組合連合会からも公式に「応援」にしてもらいましたからね。帯の裏にちょろっと書いてるんですけど。連載始める時に、応援してもらおうとお話をしに行って。狭い業界なんで、とっても前向きに応援して頂いておりまして。僕はいつか、和楽器の全国大会のポスターとかやらせてくれないかな、とか実は思っているんですけど(笑)。
—そういうのいいですねぇ(笑)。
林 僕らは週刊少年ジャンプの隣の編集部ですけど、雑誌の出てる部数が違うんで、こうして自分からガンガン売っていかないとお客さんに知ってもらえないんですよねー。
—これから『この音とまれ!』を読む方に、なにかメッセージはありますか?
林 “文化部の青春”があります!僕、部活全く入ってなかったんですけど、サッカー部とか羨ましかったんですよね。青春してる感というか…。
—あの汗してる感じですかね。
林 ですね。でも、文化部だって本気でやっているってのが大会の取材をしたりして知ることが出来て。悔しくて泣く人、嬉しくて笑っている、本気で青春している人が文化部にも一杯いるよ、っていうのを見て欲しいなって思いますね。ぶっちゃけ箏はわかんなくても楽しめるんで。
—確かに、最後まで囲碁のルールは理解できなかったけど『ヒカルの碁』面白くて。そんな感覚で『この音とまれ!』を読んでました。
林 テーマの魅力ってのは伝わると思うんですよね。作中でもさとわ以外の部員はみんな素人ですけど、ここまでハマれるんですよーってのはあるんで、そのへん見せていけたらと。大ヒットした和楽器マンガが前例にない中、日々是工夫で。一話一話全力でやるしかねえなって思ってます。
—アツいですね!
林 いやー、売れたいなーって。
—売りたいアピール多い(笑)。
林 いや、純粋に好きな漫画ですよ(笑)。だからこそです。ダーン!「伝われーーーー!」って。
—それ、さとわじゃ(笑)。…それではインタビューは以上です。ありがとうございました!
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