
2014年末、刊行されるやいなや「傑作!」と話題をさらったマンガ『逢沢りく』。
ミシマ社内でも、編集部内でそれぞれが購入していたり、泣いた、よかった、素晴らしい、と絶賛の声が止まりませんでした。刊行から3ケ月が経とうとしている今もその感動の声は広がり、読み返すたびに胸をうつシーンの数々があります。
特筆すべきは、14歳の主人公・りくが、東京から大嫌いな関西の地へ一時的に身を寄せること。父方の大おば一家のこてこての「関西ノリ」に触れるうちに変わっていくりく。その東京と関西の対比や、関西弁の「あるある!」に、東京と京都の二拠点で活動する我々ミシマ社一同は、深く感じるものがあったのでした。
今回はそんな『逢沢りく』の著者であるほしよりこさんに、お話を伺ってきました。
『逢沢りく』の魅力存分に、『逢沢りく』「これが私のひとコマ!」を交えてお届けします。インタビューにはめったにご登場されない、ほしさんの貴重なお声を全3回でどうぞ。
『逢沢りく』ほしよりこさん インタビュー
2015.01.26更新
インタビューは、タイトルにもなっている主人公・逢沢りくの名付け裏話からはじまり、そして本書の大きなポイントと言っていいであろう「東京と関西」について、流れてゆきました。
りくはオシャレで都会的な両親の元で育ち、「関西弁なんて大嫌い」。
そんなりくが母との関係の齟齬から一人で身を寄せることになったのは、なんと大嫌いな「関西」の地!
東京と関西の話や、関西人ならではの「あるある」、そして名言も飛び出した第1回目をどうぞ。
逢沢りくは、忠臣蔵?
―― 『逢沢りく』はまず、とにかくタイトルに惹かれました。これしかない! と思ってしまう、どんぴしゃりのタイトルですよね。
ほしよりこ(以下ほし)この「逢沢りく」は、二回名前が変わっているんです。最初は全然違う名前だったんですが、ちょうど同い年くらいの女の子を描いたほかの漫画の登場人物に、まったく同じ名前がいた。どうしようかなあと思ったのですが、同じ名前はなあと思って変えました。
「りく」という名前は、実は忠臣蔵が大きく影響しています。そのとき私が忠臣蔵にめちゃくちゃはまっていて、忠臣蔵の映画を各社のものを借りて何本も見まくってたんです(笑)。それで、大石内蔵助のお嫁さんの「大石りく」から取りました。
その後、同姓同名の人がいないかをウェブ検索したら、他の漫画で同姓同名の登場人物がいたんですよね。その作品を読んでおられる読者の方や、作家さんが嫌な思いをされるかもしれないと思ってご相談したところ、漢字を変えたら問題ないのではないかと。そこで漢字と、「あいざわ」だったところを「あいさわ」と読み方を変えました。ほとんどのひとが「あいざわ」って読みますけどね(笑)。
―― 「りく」ってすごくいい名前だなあと思っていたんですが、まさか忠臣蔵から来ていたとは!
ほしそうなんです、忠臣蔵です。大石内蔵助が、敵の目をくらますために一力茶屋で遊ぶシーンがあるんです。大石内蔵助が舞妓さんや芸妓さんに目隠ししたりされたりして、「大石さん、こっちへ♪」ってやられているのがすごくいい! 忠臣蔵って映画や歌舞伎や舞台、いろんなものとして公演されてますが、どの忠臣蔵にも必ずあるシーンで、とっても好きなんです。
―― 忠臣蔵にはまったきっかけは?
ほしちょっと前にドラマの「半沢直樹」がすごく流行ったとき、私は見てなかったんですが、母がずっと見ていて。そしてあまりにもはまっていたので、「どんな話なん?」と聞くと「まあ簡単に言ったら忠臣蔵やな」って言ったんですよ。それで、やはり日本の人は忠臣蔵が好きなんやな......、とはっと気づいたというか。それからいろんな忠臣蔵を見始めました。いろんな描かれ方があるのがすごく面白いんですよね。
そうこうして名前が「逢沢りく」に決まってからは、深く考えずに、ものすごい勢いで描きました。1週間から10日で、ほぼほぼ全体の半分くらい。去年の1月の3が日に描き始めたんですが、3月にはもうすべて描けていましたね、たしか。『逢沢りく』を連載していた「別冊文藝春秋」は2カ月に1回の刊行なので、少しずつ掲載していただいて、そうして本になるまでは時間かかったんですけどね。
ちょっとしたことでも関西を揶揄される感じ、あります。
―― この本の大きな一つの柱として、東京と関西というものがあると思います。
ほしはい、そこははじめから意識して書きました。「東京」「関西」みたいな雰囲気って、すごく感じませんか? 東京では、逢沢りくみたいに、関西人や関西弁のことを本当に嫌ってる人って結構いるんですよね(笑)。全然知らなかったのですが、お仕事でけっこう東京に行くことが増えて、「そういう人ってほんとにいるんだ」と気がつくようになりました。そんなときに感じたいろんな感覚を、いつか漫画にしたいなと思っていたんです。
![]() 上巻P29 見事に「大嫌い」と言い切られてしまう関西弁が切なくもあり...... |
―― 関西人からしたら「よくぞ!」みたいな気持ちもありますし、逆もわかるような気もします。
ほし私はいま関西に住んでいるんですけども、仕事で東京に行ったり、東京に友人も多いので、よく感じるんですよね。ちょっとしたことで「関西っぽいよね」「ああ、関西の女ね」みたいに揶揄される感じ、あります。
―― 関西のほう、とくに大阪なんかは、東京を嫌っている部分もありますよね。ほしさんは、関西に関しても冷静に見てらっしゃるので、ああいうふうに書けるんだなと思います。あと会話文がもう本当に秀逸で。
![]() 上巻P129 |
ほし関西のおばちゃんって、ちょっと可愛い子がいたらすぐに「テレビ出れるで!」とか言いますからね(笑)。会話をつくるのは楽しい。あんまり悩んだ覚えはないですね。
―― 関西人にとっては、「あるある」も満載でした。学校の先生のくだりとか、本当にこのまんまで!
ほしそうそう、関西の人はよく会話で「あー、あれや、その、こうやからああしなさい」とか言うんですよね。全然わからへん(笑)。関西と東京は、リズムが違う。それがかなり大きいです。ちょっとしたことが通じないですね。
常にツッコミをいれていきたい
―― 一人の少女のことを描いてらっしゃいながら、ものすごく社会派な面もあると感じました。
ほしそうですね。ローカルというものへの捉え方とか、かっこいいものとかっこわるいもの、価値の崩し方を考えていました。ものすごくおしゃれなものが時々、とってもダサいときってある。逆に、なんでもない人がすごくかっこいいときもあると思うんです。無意識のなかに、核心を突いていることがあったりとか。そういうふうに「価値を変換させたい」という思いは、なんとなくありました。
すごく感動させたいとか、きゅっと締まりそうなときにも、それをそのままに活かせないということがあって。日常でも「いまめっちゃかっこいいとこやのに!」っていうときにしょうもないことが起こってたりしますよね。そういうことで、層ができるんですよね。『逢沢りく』では、そんなレイヤーを意識した部分がありますね。
―― ほしさんの中で、東京的なものの価値が一面的になってると思われたということなんでしょうか。
ほしうーん、それは、そうでもないです。私自身、おしゃれなものや、キラキラしたものにすごく惹かれるんですね。でもそれだけのものには抵抗があるというか、あまりに気取りきっていると、「かっこ悪いな」と思うときはあります。それがなんなのかはわからないんですけど......。何かのフリをしているものに対しては、「いや、そうでもないんちゃう?」と、やっぱり常にツッコミをいれていきたいんです(笑)。
本当にウィットのきいたおしゃれな人って、そういうツッコミを入れてもちゃんとなにか返してくるじゃないですか。ダメな人はそこで崩れる。言ったら面白いことを返せるような、手練れはいるんですよ。
―― (笑)。
ほし東京には、いろんな人がいろんなところから、そこを目指してやってくるじゃないですか。そのなかで、地方性というものを全部隠している人も多いと思うんですね。方言も隠して、昔のかっこ悪かったことも全部なかったことにして、生きている人もいる。
そのときに、もしなにか自分を否定しているのであれば、ツッコまれたときに崩れてしまうと思うんです。けれど自分を受け入れていたら、ちゃんと返せる。否定せずに、誇りを持っていたらいいやんと思うんですよね。
いまは昔とは時代が違うから、そんなにがんばらなくてもいいんじゃないかなあと思うことも多いです。地方に誇りを持っている人はいっぱいいて、そういう人は昔よりも増えていると思う。私は方言も大好きだし、そういうことをどんどん出していくかっこよさって、あると思います。
![]() 上巻P178 一緒に連れてきたインコに、 |