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「壁」のない世界は実現できるのか

GLOBEシンポ「壁が世界を分断する?」をがっつり伝える (5)

「自由でオープンな民主主義国家のために」

10月1日から3日にかけて東京で開かれた「朝日地球会議2017」(朝日新聞社主催)のうち、GLOBEが企画したオープニングセッションのシンポジウム「壁が世界を分断する?」の論議を5回に分けて紹介しています。今回が最終回。米サザンメソジスト大学のジェームズ・ホリフィールド教授、首都大学東京の木村草太教授が質問に答えます。コーディネーターはGLOBE編集長国末憲人です。


国末:今日会場にお越しのみなさんから、既にお2人にご質問をいただいています。まずホリフィールド先生に、「物理的に壁はどういう意味を持つのか?」「トランプ大統領がつくろうとしている壁は米国、世界にどういう影響を持つのか」という質問をいただいています。

 

ホリフィールド教授:どんな社会であっても、アイデンティティーを維持する、存続させるということは必須だと、私は考えます。国末さんとのインタビュー記事(GLOBEのウェブサイトに掲載)でも話しましたが、「良き塀は良き隣人をつくる」とうたうアメリカの詩人ロバート・フロストの詩があります。この詩は『壁を直す』という題名でした。壁や塀というものは、国境とか境を示唆するだけではなく、政治的な目的を果たす場合も多々あります。


アメリカとメキシコ国境に敷設された長い壁も、国境全部を網羅する形で壁をつくろうとすると、非現実的であり、非効率的です。なぜなら、いまは米国に入るより、メキシコに帰ろうとしている人の方が多いのです。そもそも、壁の目的は何なのか、問いかける必要があります。

ホリフィールド教授

元検事でアリゾナ州知事も務めたジャネット・ナポリターノさん、いまはカリフォルニア大学の学長ですが、彼女が言った有名な言葉があります。「20フィートの壁を見せてください、そうしたら22フィートのはしごをそれにかけましょう」と。つまり、上を越える、下をまたぐ、横を抜ける。どのような壁もすり抜けることができるのです。それに、非合法移民として入ってきた人の半分は、壁を越えたわけではない。物理的に何かを越えたわけではない。彼らは合法的なビザで入ってきて、ビザの期限を超えて滞在しているのです。


トランプ大統領の言う「壁」は、おおかた象徴的なものだと思っています。彼を支持した有権者は、彼が「アメリカ南部の国境を守る」という行動を取ることによって、安堵できるのです。彼が「アメリカの主権を守る」と言うと、彼らは安心する。実質上、この壁は何の効果もないけれど、安心するのです。だから、象徴です。一方で、カナダとの国境には、壁をつくっていない。アメリカとカナダの間には多くの移動があるにもかかわらずです。


国末:木村先生にご質問です。世界で、欧米各国でポピュリズムが高まっている。では、日本はどうなのか、というご質問。日本でも、エリートと庶民の間の壁が出てきていると言われますが、両者の分断をどうするのか。

木村草太教授

木村教授:政治学が私の専門ではないので、制度的な側面からお答えしたい。ポピュリズムという現象について、どういう人が権力を握っても一定の範囲におさまるよう、憲法で壁をつくっておこうと、私たち法律家は考えるわけです。実際にトランプ政権がやっている極端なことについて、米合衆国憲法は、いろんなところで「壁」になって、市民を守っている。この1年ぐらい、その様子をいろんなところで見てきました。もちろん、それは完璧ではないかもしれないけれど、憲法上の権利があることによって、トランプといえども突破できない、様々な保護を与えてきた、という側面はあります。


ポピュリズムと憲法


ポピュリズムというのをどう定義するか。様々だと思いますが、選挙でわざわざ投票してその人を選ぶということですから、背景がどんなに邪悪で差別的で、と形容できるものであっても、それが存在することを前提に、制度はつくられないといけません。いわゆるポピュリズム、嫌な形でのポピュリズムが日本でも盛り上がってくることの可能性は高いと思いますし、現に我々は目の当たりにしているとも思われます。


しかし、私の担当部署、憲法学、憲法解釈ということについて言えば、そういう人が権力者になったとしても、きちんと壁になって権利を守るということが、ポピュリズムに対する牽制として重要であろうと思います。私は憲法の中で、差別されない権利の専門家として研究を続けていこうと思っていまして、米合衆国憲法の差別されない権利の歴史から多くを学ばせてもらっています。ポピュリズムが高まってはいる可能性はあるけれど、それに抵抗するための「壁」も実は結構あるんだよと。


一方、エリートと一般市民の間の壁をどうするのか。これは、エリートというか、エリートと言われる人たちは、いろんな形で知識や情報を持っている。ホリフィールド先生は移民問題については世界のトップエリートで、専門家の知見は私たちに示唆を与えてくれる。それらの知見を生かしていかないと、その社会は駄目になってしまう。ただ、一方的にエリートの知識を押しつける形になってしまうと、一般市民は面白くない。感情的に反発してしまうと思います。


ですから、エリートの持っている知識はエリートや一般市民の間の壁を超えて、広く社会に共有されなければいけないと思います。そうすると、エリートの知見を社会に浸透させていく仕事、押しつけるのではなくわかりやすい形で伝えていく仕事をする人が必要になっていきます。私は、そういう仕事も引き受けていこうと思っています。一般の方にもわかりやすく伝えていくことが、エリートや知識を伝える側の方にとっても重要かと思います。


ホリフィールド教授:木村先生と私は、共通項がありますね。2人とも教師です。教えることは決して簡単なことではない。学生の頭の中に入り込む。彼らの見方を変える。批判的な思考を育てる。事実関係を見て、そこから判断するように促す。


でも政治家もやはり教師なんです。政治家というのは目的を持っている。啓発し、教えることです。開放的な寛容な社会を築いていくためには、それを実現する術を身につけなければいけません。学生、あるいは一般市民に対して、開放的でオープンな社会の方が閉鎖的な社会よりもずっと安全だということを納得してもらえなければ、我々は負けだと思います。


国末:そろそろ時間になりましたが、まだもう少し、会場からご質問を受けようと思いますが。質問ある方はどうぞ。


会場の男性:ありがとうございます。(社会が)エリートとそうでないグループに分かれているのではないか、議論に参加する人と参加しない人が固定化している問題があるのではないかと思います。壁を乗り越えていくために、メディアや研究者の方はどのような役割を持っているでしょうか。


ホリフィールド教授:知識をどのように転化し、より多くの人が実際に活用できるようにするか。これは常にチャレンジだと思います。アメリカや日本のような民主国家においては、絶対にしなければいけません。そのための環境が求められています。そういう意味で、朝日新聞は民主国家の中で重要な役割を担っています。この会場で学んだ見解や知見を持ち帰って、家族、友人、仲間と議論してほしい。それこそが、自由でオープンな民主主義国家のあるべき姿だと思っています。


ソーシャルメディアが台頭している時代です。これは、トランプ大統領に利はあるかと思いますが、多くの人々とコミュニケーションする手段があるともいえます。瞬間的にメッセージを伝える方法です。ただ、複雑なことを短いつぶやきで伝えるのは難しい。過度に単純化されたアイデア、実証されていないような粗悪なメッセージをつぶやきで伝えるのは大変危険なこともある。


エリートや政治家には、瞬間的に非常に短いメッセージで多くの人に考えを伝えるすべがあります。しかも、そのメッセージが社会の利益にならないこともある。様々な方々が文字を読めるようになった時代です。様々な課題はあるかもしれません。ただ、私は楽観的です。様々なチャレンジはありますが、必ず乗り越えられると思います。教育を通じて、必ずや乗り越えられると思う。議論を通じて、堅実な実証済みなやり方を伝えていくということができて、それが公のやり方に反映できると信じています。


目の前の人に振る舞いを見せることはできる


木村教授:いまのご質問は印象的です。こういうことを言われてよく思い浮かべるのが、新自由主義者の方がよく言う「トリクルダウン」という考え方です。経済学的にはどうかなと思うのですが、トリクルダウンは知識の分野でも起きるはずです。今日この会場に来てホリフィールド先生の話を聞けば、移民問題ってこういう風に考えればいいんだ、と分かるわけですね。


本当に同じグループとしか付き合わない人など、そんなにはいない。いわゆるエリートと言われるグループの人もいるけれど、私たちが今日学んだことをいろんな友達に話すことができるし、振る舞いで見せることもできます。社会をいっぺんに変えることはできなくても、理解をした個人が、目の前にいる具体的な人に対して振る舞いを見せたり、知識を伝えていったりすることは、少しずつやっていけます。そういう作法でよいのでないかなと思います。


朝日新聞がこのようなシンポジウムを開き、ホリフィールド先生を招いていただいたおかげで、私たちの移民に関する知識は何パーセントもインフレしたわけでありますから、これが社会に伝わっていって、知のトリンクルダウンが起きていくことは十分にありえるストーリーです。簡単にあきらめるのではなく、また社会を無理やりいっぺんに変えようとするのではなく、目の前にいる人たち、自分が出会った人たちに示していくことは、エリートだけが考えているという状態から離脱するために、いい道なのではないかと思います。


国末:日本は島国ですので、「壁」はイメージしにくいと思いますが、折に触れ「壁のない世界は可能か」などと考える機会ができればと思います。(了)


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