レトロフューチャーが魅力だった90年代のオフローダー いすゞ・ビークロス
- 世界の名車<第229回>
- 2018年9月25日
1990年代は日本車にも多様なデザインが出そろった感があるけれど、なかでも特筆すべきは97年発売の「いすゞ・ビークロス」だろう。
未来型オフローダーともいうべきか。ヘッドライトをボディーと面一(ツライチ)の合成樹脂製カバーで覆い、オーガニックな曲面の大きなバンパーとで他に類のない印象を生み出している。
あえて未塗装の合成樹脂パーツは、フロントバンパーからオーバーフェンダー、そしてボディー側面、さらにリアバンパーへとつながる。あえてボルトを露出させるなど細部も凝っていた。
当時はやった言葉でいうとスチームパンク(映画だと「未来世紀ブラジル」)な雰囲気。いまだとレトロフューチャーといえばいいのか。新しさと古めかしさが同居した、世界中どこを探しても類のないデザインである。
リアゲートにスペアタイヤが取り付けられている点は、ビッグホーンと共通するスタイルだが、そこも合成樹脂製のカバーで覆っていたところがビークロスならではの特徴だ。
いすゞのデザイナーたちの肝煎りのクルマである。新しいタイプのRV(当時の言い方)として、VehicleとデザイナーのVisionをCross(交差)させるという思い入れがあったようだ。
そこで本当はヴィークロス表記だった。ところが当時、登録担当者がうっかりビークロスと届け出てしまい、社内のデザイナーら関係者を激怒させたとか。車名には往々にして開発者の強い思いが込められているのだ。
巨大なスペアタイヤカバーと、それをスタイリッシュに見せるという理由でリアハッチゲートの中央に配したため、リアウィンドーの視界が限られてしまった。そのためリアビューを補う目的でカメラが装備された。
リアビューカメラはようやく2016年ごろから本格的に量産車に採用されるようになった技術だ。フルデジタルビューでないにせよ(あくまでも補完的)、デザインを優先したためにカメラを使ったビークロスの思いきりのよさは特筆ものだ。
エンジンは3.2リッターV型6気筒。4WDシステムは後輪駆動主体で、走り方や走行状況に応じて前後50対50までトルク配分を可変制御する。
シャシーはクロスカントリー型オフローダーのビッグホーンと共用だったため、最初はアウディのような高速型の4WDを期待していたら、ちょっと肩すかしを食らった記憶がある。
室内も同様だ。シートは配色こそ赤と黒の大胆な2トーンでよかったが、ダッシュボードの造形はありきたり。エクステリアの先進性に匹敵する要素はみじんもなかった。生産予定台数も限られていただろうから、そこまで要求するのは酷だろうか。
海外の例を見ていると、たとえ売れなくても、その後のそのメーカーのモデル戦略の指針となるモデルが発売されることがある。アウディでいえば、初代クワトロであり、また、アルミニウムボディーの超低燃費小型車、A2である。メカニズムとともに内外のデザインも意欲的だった。
ビークロスも同様に、2000年代に続くいすゞのSUVの皮切りであることが期待された。ところが2002年に同社は乗用車部門を廃してしまった。ビークロスを振り返ると、このままいすゞが頑張ってくれたら……という残念な思いがいつもよみがえる。
写真=いすゞ提供
PROFILE
- 小川フミオ(おがわ・ふみお)
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クルマ雑誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。新車の試乗記をはじめ、クルマの世界をいろいろな角度から取り上げた記事を、専門誌、一般誌、そしてウェブに寄稿中。趣味としては、どちらかというとクラシックなクルマが好み。1年に1台買い替えても、生きている間に好きなクルマすべてに乗れない……のが悩み(笑)。