【木村草太の憲法の新手】(26)外国の緊急事態条項「多数の国が採用」は誇張 首相提案は「独裁権」

2016年2月23日 13:56
  • 木村 草太(きむら そうた)
  • 憲法学者、首都大学東京准教授

 1980年横浜市生まれ。2003年東京大学法学部卒業し、同年から同大学法学政治学研究科助手。2006年から首都大学東京准教授。法科大学院の講義をまとめた「憲法の急所」(羽鳥書店)は「東京大学生協で最も売れている本」「全法科大学院生必読書」と話題となった。主な著書に「憲法の創造力」(NHK出版新書)「テレビが伝えない憲法の話」(PHP新書)「未完の憲法」(奥平康弘氏と共著、潮出版社)など。
ブログは「木村草太の力戦憲法」http://blog.goo.ne.jp/kimkimlr
ツイッターは@SotaKimura

 前回、安倍首相が、国会の関与なしに内閣が法律と同じ効力を持つ政令を出す仕組みを提案していることを指摘した。安倍首相は、こうした緊急事態条項は、「国際的に多数の国が採用している憲法の条文」であり、導入の必要性が高く、また濫用の心配はないと言う(1月19日参議院予算委員会)。これは本当か。外国の緊急事態条項と比較してみよう。


 戦争や自然災害が「いつ起こるか」は予測困難だが、「起きた時に何をすべきか」は想定可能だ。そして、警報・避難指示・物資運搬等の規則を細かく定めるのは、国家の基本原理を定める憲法ではなく、個別の法律の役割だ。このため、外国でも、戦争や大災害などの緊急事態には、事前に準備された法令に基づき対応するのが普通だ。


 例えば、アメリカでは、災害救助法(1950年)や国家緊急事態法(1976年)などで、緊急時に国家が取りうる措置が定められている。また、1979年に、カーター政権の大統領令により、連邦緊急事態管理庁(FEMA)という専門の行政組織が設置された。


 FEMAが関係機関の調整機能を果たすことで、地震やハリケーンなどの大災害に見事に対処してきたと言われる。フランスでは、1955年に緊急事態法が制定され、政府が特定地域の立ち入り禁止措置や集会禁止の措置をとることができる。昨年末のテロの際には、憲法上の緊急事態条項ではなく、こちらの法律を適用して対処した。

 では、憲法上の緊急事態条項は、どのような場合に使われるのか。まず前提として、多くの国の憲法は、適正な法律を作るために、立法には慎重な議会手続きを要求している。柔軟な立法のために、議会手続きを緩和するには、憲法の規定が必要になる。

 例えば、アメリカ憲法では、大統領は、原則として議会招集権限を持たないが、緊急時には議会を招集できる(合衆国憲法2条3節)。また、ドイツでは、外国からの侵略があった場合に、州議会から連邦議会に権限を集中させたり、上下両院の議員からなる合同委員会が一時的に立法権を行使したりできる(ドイツ連邦共和国基本法10a章)。

 フランスや韓国には、大統領が一時的に立法に当たる権限を含む措置をとる規定があるが、それは、「国の独立が直接に脅かされる」(フランス第5共和制憲法16条)とか、「国会の招集が不可能になった場合」(大韓民国憲法76条)に限定される。

 つまり、アメリカ憲法は、大統領に議会招集権限を与えているだけだし、ドイツ憲法も、議会の権限・手続きの原則を修正するだけであって、政府に独立の立法権限を与えるものではない。また、フランスや韓国の憲法規定は、確かに一時的な立法権限を大統領に与えているものの、その発動要件はかなり厳格で、そう使えるものではない。

 これに対し、安倍首相の提案する緊急事態条項は、発動要件が曖昧な上に、政府の権限を不用意に拡大するもので、緊急時に独裁権を与えるようなものだ。こうした緊急時独裁条項を「多数の国が採用している」というのは、明らかに誇張だろう。

 外国の憲法と比較するのであれば、もう少し慎重な態度が必要である。(首都大学東京准教授、憲法学者)(記事と写真の転載、複写を固く禁じます)

※「木村草太の憲法の新手(しんて)」は、本紙第1・3日曜日に掲載。

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